2019/05/21
青柳 将人 文教堂 教室事業部 ブックトレーニンググループ
『優しい嘘』書肆侃侃房
金呂玲/著 金那炫/訳
4月から進学や就職を期に、学校や職場が変わって、新しい環境での生活が始まったという方も多いこの時期。きっと新たな出会いに喜び、新しい挑戦に胸を躍らせている方も多いはず。そんな中、ごく少数かもしれないが、この環境の変化によって、今までに経験したこともないような絶望や不安に掻き立てられ、それを誰にも言えないまま内に秘めて過ごしている人も、もしかしたらこの世界のどこかにいるのかもしれない。そう思うと、胸が苦しくなって何ともやりきれない気持ちになる。
本書は、多感な少女達の心の闇を深く掘り下げて描くことで、現代社会の逃げ場のない閉塞的な集団社会の暗部を描いた作品だ。
十代の多感な少女を描いた作品は国内外問わず非常に人気がある。最近では先日に公開されたばかりのアニメ映画「響け!ユーフォニアム」が好調なシリーズのスピンオフ作品「リズと青い鳥」や、過去に遡れば、映画「エコール」の原作で有名なフランク・ヴェーデキントの「ミネハハ」、少女達の儚い可憐さと残虐な行動との間隙で有名な「小さな悪の華」等、数え上げれば枚挙に暇がない。
何故、今も昔もこうした少女達の心の機微に着目した作品が多いのだろうか。
それは少女期の少しでも汚れた手で触れてしまえば、すぐに壊れてしまいそうな、儚くて繊細な描写を描くのに最も適した年頃だからだというのも一理あるのではないかと思う。
この物語はチョジンという一人の少女の自殺から始まる。「どうして妹は死んでしまったのか、」、そもそも妹は、「何に思い詰めて、そんなあってはならない行動を起こしてしまったのか」、姉のマンジがチョジンの自殺の真相を追い求めていく推理小説のような展開と、まだ生きていた頃のチョジンが家族や同級生達と過ごしていた日々の回想が交互に描かれていく。「チョジンの死後」と「チョジンが生きていた頃」を交互に読み進めることで、読者はチョジンと相関する人々の何気ない言動や行動が小さな化学反応を起こし、取り返しのつかない「大きな掛け違い」が生じていく様を目の当たりにすることだろう。
繊細な少女達の「無意識の罪」に焦点を当て続けることによって生まれる、数多の「優しい嘘」ほど、この物語の書名を飾る題名に相応しい言葉は無い。
著者の金呂玲はあとがきで、自身が中学生の頃にスクールカーストやいじめのような経験をしていたことを告白した上で、本書の読者や、今まさに進行形で半強制的に形成された閉鎖的集団社会の中で苦しんでいる人たちへ向けて、強いメッセージを放っている。
「大人になってみると、世の中は思っていたより華やかですばらしくはありませんでした。ですが、あの世に逝ってしまったら見られず、感じられなかったはずの些細な喜びを含んでいました。(中略)もし、幼き日のわたしと同じ痛みを今感じている方がいらしたら、熱意をこめて申し上げたいです。どんなことがあっても先を越して人生を諦めないでほしいと、命のつきる日まで生きてほしいと。そして、心から声をかけます。『元気ですか?』」
この物語を手に取って読むことは、読者によってはもしかしたら本書を投げ出したくなる位に辛い体験を思い出させてしまうかもしれない。けれど、最後まで目を逸らさずに読み進めて欲しい。救いの手にはならないかもしれないけれど、思い詰めたその時に、あなたを振り返らせ、傷に寄り添ってくれる優しさだけは、この物語の中に嘘偽りなく存在しているのだから。
『優しい嘘』書肆侃侃房
金呂玲/著 金那炫/訳