2019/09/09
金杉由美 図書室司書
『愛なんてセックスの書き間違い』国書刊行会
ハーラン・エリスン/著
「ハーラン・エリスン」は、かつて「カッコいい」の代名詞だった。
ハード・コアな文体、マッチョなのにぶっきらぼうにロマンティックな物語、カリスマ的な佇まい。
しかし、大人の事情で日本では著書がほとんど出版されていなかった。
エヴァンゲリオンとか片山恭一のベストセラーとかで妙にタイトルだけが有名になった『世界の中心で愛を叫んだけもの』、この本だけしか手に入らない状況が長らく続いていた。
そんなわけで日本においては幻の作家だったエリスン。
読みたくても読めないから買いかぶりが生じていて、期待過剰で余計にカッコよく見えているのかも?
でも『世界の中心で愛を叫んだけもの』は素敵だ。
収録されているどの短編もとびっきりクールでイカレていて心に残る。
クールでイカレている、なんて死語じゃない?って失笑する向きもあるだろうけど、だってそりゃあ本当にクールでイカレてるんだから仕方がない。
そんな本を知ってしまったからこそ、読者は蛇の生殺し状態でエリスン不足を嘆くしかなかった。
もうまとまった作品集としては読めないのかもしれない…と、とっくの昔に諦めていたら、近年になって急に、未訳だったSF短編が雑誌掲載され、更には日本オリジナル編集の短編集が続けざまに出版された。
エリスン自身は残念ながら昨年84才で亡くなってしまったけれど、若かりし日の作品が読めるようになったのは往年のSFファンにとっては夢のような出来事。
今作は、主に1950年代から1960年代にかけて発表された非SF作品を集めた短編集。
何て言ったってまずタイトルがいい。いかにも、Theハーラン・エリスン!じゃないですか。
父親を探し出して殺したいという執念に憑りつかれた少年の、短いながらも不気味で衝撃的な「第四戒なし」。
天才的なミュージシャンを見出した広告屋が主人公のジャズ小説で、「少年と犬」を思わせる結末が、苦くも徹底的に美しい「クールに行こう」。
アメリカン・グラフティのような道具立ての中で残酷な冷笑が響く「ラジオDJジャッキー」「ガキの遊びじゃない」。
作者自身が投影された人気作家の主人公が破滅的な一夜を過ごす「パンキーとイェール大出の男たち」。
戦場で追いつめられた兵士が直面する恐怖を描いた「盲鳥よ、盲鳥、近寄ってくるな!」。
お仕置きで押入れに閉じ込められた幼い頃の記憶、そして戦傷で一時的に視力を失った経験。それらによって暗闇へのトラウマを抱くようになった彼は、敵地で闇の中に独り取り残される。狂気と真っ向から対峙し、その中にダイブしていく様は、ゾワゾワと鳥肌がたつほどの恐ろしさ。
堕胎をテーマにした「ジェニーはおまえのものでもおれのものでもない」。
恋人の友だちが行きずりの男に妊娠させられ中絶するまでを抑制のきいたハードボイルドな文章で綴る。知性と暴力性を併せもつ主人公の存在が物語に不穏な静けさを与えている。静かな哀しみに満ちた物語。
収録された11篇のすべてが禍々しく蠱惑的で、忘れられない傷痕を読み手に残す。
SF作家としてのハーラン・エリスンを知らない人にも、きっとこの本は心に刺さる。
買いかぶりなんかじゃなかった。
伝説の作家は期待以上にクールでイカレていた。
やっぱり「ハーラン・エリスン」は「カッコいい」の代名詞。
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『世界の中心で愛を叫んだけもの』早川書房
ハーラン・エリスン/著
収録作の「少年と犬」はボーイ・ミーツ・ガールの変形ヴァージョン。
荒廃した近未来の地下街で出会った少年と少女の恋の物語。
と思って読んでいると、衝撃かつ納得の結末がやってくる。
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ハーラン・エリスン/著