2019/10/28
高井浩章 経済記者
『天才数学者、ラスベガスとウォール街を制す』ダイヤモンド社
エドワード・O・ソープ/著 望月衛/翻訳
高度な数学を金融分野に活用する専門家を「クオンツ」と呼ぶ。本書はその開祖とも言うべき「クオンツのゴッドファーザー」、エド・ソープの自叙伝だ。
経済記者の私を含め、「その筋」の人間にとってレジェンド級のスーパースターのソープについては、これまで「天才数学者はこう賭ける」(青土社)という好著で比較的まとまった評伝を読むことができたが、自らの手になる本書はまさに決定版と言えよう。
ソープが生涯を振り返る前半のパートは、文句なしに面白い。
数学的にブラックジャックを分析し、編み出した攻略法を使ってカジノで勝ちまくって出入り禁止になる。
ルーレットの出目を予測する世界初のウェアラブルコンピュータ(MIT公認!)を情報理論の創設者クロード・シャノンと共同開発する。
ノーベル経済学賞の対象となったオプション価格モデルを独自に発見し、それを活用したヘッジファンドで「必勝」ともいえる驚異のリターンを稼ぎ出す。
どれ1つとっても映画化できそうな知的刺激とスリルに満ちたエピソードの連続だ。しかも、ギャングからシャノンなどの超一流科学者、世界一の投資家ウォーレン・バフェット、俳優ポール・ニューマンなどなど多彩な登場人物たちとの出会いや逸話がちりばめられている。米国でミリオンセラーとなったのも頷ける。
素晴らしいのは、ソープの筆致が淡々としており、自伝にありがちな過剰な自意識が鼻につくような部分が全くないことだ。序文を寄せたナシーム・ニコラス・タレブが、叙述が簡潔過ぎてどれだけの偉業を成し遂げたか伝わりにくいと指摘しているほど。その語り口をうまく日本語にうつした訳者の功績も指摘しておきたい。
後半では、ソープの培った経済とマーケットの実践知を惜しみなくシェアしている。この部分も、恐ろしく簡潔に本質に迫っており、読み応え十分。凡百のノウハウ本なら一冊を費やすだろう高度なテーマを数ページでまとめる手際には舌を巻く。
最後に蛇足を少々。ソープは、拙著「おカネの教室」に登場する元クオンツの先生役のモデルの1人でもある。「江戸の守りと書いて江守」というそのキャラクターの命名は、「エド」というファーストネームからヒントを得たものだ。
『天才数学者、ラスベガスとウォール街を制す』ダイヤモンド社
エドワード・O・ソープ/著 望月衛/翻訳