投資とか規制とかの前に、そもそも「ビットコイン」って何だったっけ?その仕組みと本質に立ち返ってみる

長江貴士 元書店員

『デジタルゴールド』日本経済新聞出版社
ナサニエル・ポッパー/著 土方奈美/翻訳

 

 

「ビットコイン」は、一時期大ブームを引き起こした。というのは僕のような一般人の目線だ。一時期、毎日のようにテレビで取り上げられ、値段が上がったとか盗まれたとか、様々な形で世間を賑わせていた、という程度の認識だった。

 

しかしその一方で、「ビットコイン」はずっと以前から、一部の人達の間では注目の的だった。しかも、日本でのブームは「投資」や「金儲け」的な意味で注目が集まっていたが、元々「ビットコイン」は、リバタリアンという自由を標榜する人々の思想とうまくマッチし、受け入れられていったのだ。本書には、こんな記述もある。

 

【エリックが冗談めかして語っていたとおり、当時(※2011年頃。ビットコインの誕生から2~3年ほど)金儲けだけが目的でビットコインのような実験中のプロジェクトに投資する愚か者はいなかったはずだ。
「こんなうさん臭いものに投資しようなんてヤツがどこにいるんだ。別の動機がなければ、やってられないさ」】

 

「ビットコイン」は、国家や政府という管理主体が存在しない形で通貨を生み出せる、という点で注目を浴び、広まっていった。この辺りの話にまずは触れていこう。

 

現在、基本的に「通貨」というものは、国家が発行している。「日本円」がある程度信頼されているのは、「日本」という国が信頼されているということであり、一方、政治や経済が不安定だと、国家が信頼されず、同時に「通貨」も信頼されず、国民が自国通貨を外貨に替えるなどしてさらに価値を失う、という状況になったりもする。また、「通貨」の管理者が国家であるということは、何らかの形で国家を敵に回すような行動をした場合、活動資金が凍結されることだってある。例えば、匿名で秘密情報を公開するウェブサイトであるウィキリークスは、銀行口座を凍結されたり、クレジットカード会社が活動資金の取り扱いを停止するなど苦しめられた(実際その際、まだ広く知られてはいなかった「ビットコイン」でウィキリークスに寄付をしよう、と呼びかけた者もいたという)。

 

このように、何らかの管理主体が存在することで、「通貨」というものの使用・保有などに制約が加わってしまうことになる。とはいえこれまでは、管理主体なしで「通貨」を発行することなど不可能だと考えられていたので、その状況に甘んじるしかなかった。

 

しかし、「ビットコイン」がその状況を一変させた。「ビットコイン」は、「サトシ・ナカモト」という正体不明の人物がメーリングリストに投稿した論文を元に自ら構築したシステムだ。しかし現在、「サトシ・ナカモト」は消息不明だという。元々正体不明なのだが、オンライン上で一部の人間だけはやり取りが出来ていた。しかし2011年頃から誰も連絡を取ることが出来なくなっているという。

 

しかしそれでも、「ビットコイン」は何の問題もない。管理主体を必要としないシステムなのだから、発明者の「サトシ・ナカモト」がいなくても、「ビットコイン」は存在し続けられるのだ。

 

何故そんなことが可能なのか。ここでざっくりと、「ビットコイン」の仕組みを説明してみよう。重要なポイントは、「マイニング」と「ブロックチェーン」だ。

 

「マイニング」というのは要するに、「計算早解きレース」のことである。「ブロックチェーン」ではとある理由から、10分毎に参加者(ビットコインの保有者)全員で、ある数学の問題の早解きレースが行われる。「10分前に決定したAという数字」と「レース直前に決定したBという数字」を利用して、「ある特定の条件(先頭に0が10個付く、みたいな条件)を満たすCという数字」を見つける、という計算を行うのだ。そして、この計算レースの勝者に、ビットコインが1枚プレゼントされる。基本的に、新たな「ビットコイン」は、このやり方でしか生み出されない。

 

一方の「ブロックチェーン」というのは、「10分毎の全取引記録が一つに繋がったもの」である。取引の中身(「誰々さんに3ビットコイン送金した」みたいな記録すべて)を10分毎に家計簿1冊に収めて「名前」を付け、それを順番にファイリングしてあるものだと思えばいいだろう。

 

さてここで、家計簿に付けられた「名前」に注目しよう。実はこの「名前」には、「本題」と「副題」がある。適当な例だが、以下のようなイメージでいいと思う。

 

【00000000007845674(本題) 太郎君がたくさん取引をしました(副題)】

 

さて重要なのはここからだ。先程10分毎に「マイニング」を行うと書いたが、これは、10分毎の家計簿の「本題」を見つける競争だと考えればいい。つまりこういうことだ。

 

数字A:10分前の家計簿の「本題」
数字B:今の家計簿の「副題」
数字C:今の家計簿の「本題」

 

そしてこの仕組みによって、実質的に改ざんすることが不可能なシステムを構築することが出来たのだ。何故か。

 

それでは実際に、どこかの家計簿を改ざんしたとしよう。つまり、取引記録をいじる、ということだ。そうなると、「副題」が変わってしまう。取引記録を改ざんしたことで、「副題」が「花子さんがたくさん取引をしました」に変わったとしよう。つまりこれは、数字Bが変わる、ということだ。「マイニング」は、数字Aと数字Bから数字Cを導き出す競争なのだから、数字Bが変われば当然数字Cも変わってしまう。するとどうなるか。当然のことながら、改ざんした次の家計簿の「名前(本題)」も変わってしまう(何故なら、次の家計簿の場合、数字Cが「10分前の家計簿の「本題」」として計算に使われるからだ)。つまり「ビットコイン」の場合、どこか一箇所でもブロックを改ざんすることで、それ以降すべてのブロックに影響を与えることになる、ということだ。

 

改ざんした者がこの状況を回避するためには、ブロックの名前が変わったことに誰にも気づかれないように、改ざんした家計簿以降のすべての家計簿の正しい「名前」を誰よりも早く計算で導き出して書き換えるしかない。しかしそれは不可能だ。何故なら、「マイニング」で行われる計算競争はメチャクチャ難しく、しかも世界中にハイスペックなコンピューターを持ったライバルがたくさんいるからだ。

 

このような仕組みによって、「ブロックチェーン」は管理者不在のまま、安全なやり取りが可能な「通貨」を生み出すことが出来るのだ。

 

このような技術的な側面が、まずはプログラマーたちに受け入れられ、次第にリバタリアンの人たちへと広まり、「ブロックチェーン」はユートピアやサイファーパンクの世界を実現するための理想的な手段である、とみなされるようになっていく。また「ビットコイン」が一部の人達で盛り上がっている頃、アメリカでは、寄付を政府が規制した「ウィキリークス封鎖」(先程触れた話)や、ウォール街占拠運動が発生するなど、世界金融危機を背景にした既存の金融システムへの不安感が表出するような出来事が起こっていく。それらに対抗し、自分たちが理想的な社会を生み出していくのだ、そのために大切に「ビットコイン」を育てていくのだ、という考えを共有した者たちによって、「ビットコイン」は改良され、また少しずつ共感者を増やしていくことになっていった。

 

本書の前半では、そういう理想を抱いた者たちの誕生初期の奮闘が描かれていく。しかし後半では、状況は大きく変わっていく。「ビットコイン」の存在が大きくなるにつれて、投資家や政府や銀行などが介入するようになり、そのせいで「ビットコイン」は「投資の対象」や「政府が警戒する対象」として扱われるようになっていく。そしてそうなればなるほど、初期メンバーが抱いていた理想の通貨という思惑からどんどんと外れていくことになる。

 

その一番大きな要因は、銀行の存在だった。銀行はどこも、マネーロンダリングに対する規制が厳しい。そして「ビットコイン」は誕生初期から、マネーロンダリングとは切っても切り離せなかった。「ビットコイン」では、ブロックチェーン上に取引記録は残るが、個人情報が知られるわけではない。だからこそ「ブロックチェーン」は、犯罪用途で使われることも多かった。もちろん銀行はそれを警戒し、マネーロンダリングに利用されかねない「ブロックチェーン」とは関わりたがらず、「ブロックチェーン」絡みだと銀行口座を開けない、という状況に陥ったのだ。

 

そのために、ビットコイン取引所の開設には困難が付きまとった。個人の銀行口座で取引所を開設する者がいたり、政府の介入によって取引所が閉鎖に追い込まれるという事態にも陥った。日本は、世界で初めて仮想通貨を法律で定義した国であり、ちょっと特殊な立ち位置だが、世界各国は「ビットコイン」を始めとする仮想通貨に厳しい目を向けており、規制が強化される可能性もある。

 

システム上は理想を追求できる「ブロックチェーン」だったが、やはり現実の壁は大きく、国家や銀行と対立構造に陥りがちであるが故に理想を追求しきれなかった。読み方次第ではあるが、本書はある意味で、「ブロックチェーン」の敗北の歴史と捉えてもいいのかもしれないと思う。

 

『デジタルゴールド』日本経済新聞出版社
ナサニエル・ポッパー/著 土方奈美/翻訳

この記事を書いた人

長江貴士

-nagae-takashi-

元書店員

1983年静岡県生まれ。大学中退後、10年近く神奈川の書店でフリーターとして過ごし、2015年さわや書店入社。2016年、文庫本(清水潔『殺人犯はそこにいる』)の表紙をオリジナルのカバーで覆って販売した「文庫X」を企画。2017年、初の著書『書店員X「常識」に殺されない生き方』を出版。2019年、さわや書店を退社。現在、出版取次勤務。 「本がすき。」のサイトで、「非属の才能」の全文無料公開に関わらせていただきました。

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