三浦天紗子が読む 蝋を扱う才能で、激動の時代を生きた女『おちび』

小説宝石 

『おちび』東京創元社
エドワード・ケアリー/著 古屋 美登里/翻訳

 

マダム・タッソーは世界の主要都市にある蝋人形館を最初にロンドンで開いた女性だ。数奇な生涯を死の際にいる自身がふり返るのだが、著者エドワード・ケアリーによる大胆で自由奔放な想像が加味されたメタ構造になっていて、貧しく無力だった少女マリー・グロショルツがいかにマダム・タッソーになり得たのかが鮮やかに描き出されていく。

 

マリーの人生はのっけから困難で、胸が痛い。父は戦争の傷が元で死に、家政婦としてマリーを連れてクルティウス医師の邸宅に身を寄せた母は自殺。

 

頼れる人がクルティウス医師しかいなかったマリーは、彼の元で蝋の技術などを学ぶが、医師の経済的な事情から冷酷でケチで支配的な未亡人の家に移り住むことになってから状況は一変。召使いとして過酷に扱われる。だが彼女には母の教えがあった。〈自分にできることを見つけなさい〉。

 

自分の役割があれば生き延びられると信じるマリー。折しもマリーの青春期にはフランス革命があり、王族と親しかったマリーにも危険が及びそうになるが、またも彼女は蝋に救われる。革命で散った生首がマリーの元に持ち込まれ、デスマスクを作っていくうちに名を上げていくのだ。

 

ちなみに、蝋人形館というアイデアそのものは、医師と未亡人が〈猿の館〉と呼ばれていた家で始めたものだ。顔だけでなく全身、グロテスクな状況も入れるという彼らの工夫を参考に、マリー自身も商才を磨いた。過酷な運命の中でもくじけず、自ら活路を開いていくマリーの芯の強さには、読んでいて本当に心が躍る。本書はまた、そんなマリーのさまざまな愛と喪失に彩られた物語でもある。献身、初恋、慈愛。失ってしまったものも、ときに蝋人形として蘇らせ、彼女を慰めていたことにほっとする。

 

こちらもおすすめ!

『竜になれ、馬になれ』光文社
尾崎 英子/著

 

将棋と向き合う少女と元少女の邂逅

 

十一歳のハルは、悩みや不安などをうまく説明できずにいる。そんなストレスから小児脱毛症になり、学校や塾への足取りも重い。

 

そんなとき、ハルは憩いの場となる将棋を指せるカフェを見つける。店主は元女流棋士の夕子。〈自分が弱いから負ける。人のせいじゃない。(略)自分が強くなればいいんだと思う〉など、将棋という勝負の世界を知る夕子から教わる言葉を通して、ハルは力をつけていく。

 

それができたのは、夕子もまた、挫折を知る人だったからだ。夕子自身が過去を総括し、再起への糸口を見いだすまでの物語もすがすがしい。

 

『おちび』東京創元社
エドワード・ケアリー/著 古屋 美登里/翻訳

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