もがき続ける人生はどうやって終わりを迎えればいいのだろう。 感情が渦巻く「家族」のあり方を描き切った桜木紫乃文学の真骨頂!

内田 剛 ブックジャーナリスト

『家族じまい』集英社
桜木紫乃/著

 

 

桜木紫乃の描き出す文学は、土地の匂いを全編から漂わせる。人が生まれるずっと前から足下にある大地は存在する。どんな場所にも地霊があり人々の営みも地層の一部として積み重なっているのだ。地の底から伝わる匂いもある。けっして拭い去れないその香りが、言霊にも重なって物語にスパイスを加えているのだ。この場所だからこそ生まれ落ちる物語がある。しみついた匂いがある。まずは舞台に注目してほしい。そして匂いを感じとってもらいたい。物語に込められたテーマの説得力が増すはずだ。

 

桜木文学のもう一つの凄みは情念だろう。様々な事情を抱えてもがき続ける人々。温もりも冷たさもすべて曝け出された人間の体温や吐息までもが伝わってくる。欲望があるから人は夢を見られて成長もするが、醜い争いや狂気的な感情まで生み出してしまう。運命の皮肉を絶妙に感じとり、恨みも辛みも喜びも悲しみもここにある。理不尽に思える場面には目を背けたくなるし激しい憤りを覚える。しかしそれが人に与えられた運命であり、かけがえのないたったひとつの人生なのだ。

 

『家族じまい』は桜木紫乃文学の真骨頂が味わえる一冊だ。著者の想いがしみついた北の大地を舞台に物語が繰り広げられる。喜怒哀楽の感情を持った人の集合体が「家族」である。人が息をし心臓を動かして生きているのと同様に「家族」もまた常に変化をし続ける生き物なのだ。人生には生老病死と愛別離苦がつきものだが「家族」も同じである。受け継がれる血脈は選べなくとも、仕事と結婚相手は選択ができる。男と女が出会い結婚して家族が誕生する。二人きりではないそれぞれの家もまた「家族」を構成する。子供が生まれて成長し独立し、一度は大きく膨らんだ「家族」が小さくしぼんでいく。どんな人生にもドラマがある。乾きと潤いが交錯し静と動への反転もあれば、際どく危ういクライマックスもある。まったく一筋縄ではいかない「家族」の栄枯盛衰が時に鋭い刃となってこの身に突き刺さり、時に柔らかい真綿のように穏やかに全身を包み込むのだ。

 

後悔のない人生なんてこの世のどこを探してもないだろう。特に家族に対する感情は失ってはじめて気づかされることが多すぎる。深い愛情があるからこそ根深い確執も生まれるのだ。『家族じまい』を読めば誰もがきっと身近な家族の顔を思い出すはず。そして役割を終えようとする家族を、どうすればより良く仕舞う事が出来るか考えさせられるはずだ。諦念だけでなく執念も大切だ。きれいごとだけでは語り尽くせない人生を描き切ったこの物語は心の故郷。この眩いばかりの光と闇は多くの読者の共感を呼ぶであろう。

 

『家族じまい』集英社
桜木紫乃/著

この記事を書いた人

内田 剛

-uchida-takeshi-

ブックジャーナリスト

1969年生まれ。約30年の書店員勤務を経て2020年よりフリーに。 文芸書ジャンルを中心に各種媒体でのレビューや学校図書館などで講演やPOPワークショップを実施。NPO本屋大賞実行委員会理事で設立メンバーのひとり。POP作成を趣味として書いたPOPは4000枚以上。著書に『POP王の本!』(新風舎/絶版)がある。

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