失うことのある人生は、不幸ではない。グリーフケアの専門家が語る「心の穴」との向き合い方
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gimahiromi

2019/06/26

人は、生まれるとともに失っている――。病院や葬儀社など、あらゆる「喪失」と対面してきた死生学・グリーフケアの専門家である著者が「心の穴」との向き合い方を綴った光文社新書『喪失学』(坂口幸弘著)が刊行されました。刊行を記念し、本書の一部を公開。「喪失」とは何なのか? 「ロス後」をどう生きていくか? 著者のいう「喪失のある人生は、必ずしも不幸ではない」とは、一体どういうことなのでしょうか。第1回です。

 

 

大切なものを持っていた証

 

近頃、「ロス」という言葉を見聞きすることが多い。

 

「パートナーロス」「母ロス」「父ロス」「ペットロス」といった言葉が、メディアで紹介され、特集が組まれたりしている。著名人の結婚や引退、テレビ番組の終了などでも、ファン心理を象徴する表現として用いられている。

 

片仮名表記でのロスという表現は目新しいが、ロス(loss)、すなわち「喪失」という体験自体は、もちろん最近の現象でも特殊なものでもない。大切な何かを失い、それを嘆き悲しむことは誰もが少なからず体験するものである。

 

喪失の種類や反応などは、時代や文化、社会構造などによって異なるであろうが、喪失は人類にとって身近な体験であり、人生の重要な一部であったにちがいない。

 

人生の歩みのなかで、私たちはさまざまなものを失いながら生きている。

 

「生者必滅、会者定離」

 

といわれるように、この世は無常であり、命あるものは必ず滅び、会った者とはいずれは別れる運命にあるというのが定めである。

 

人生は喪失の連続であるといっても過言ではない。

 

大切な「何か」を失うことで、深く傷つき、心を閉ざした経験がある人もいるだろう。

 

その意味で、喪失はできれば避けたい不幸な出来事である。

 

しかし他方、悲痛な喪失を体験するということは、自分にとって心から大切と思える「何か」がそこに存在したことを意味している。

 

当たり前だが、持っていないものはなくせない。かりに短い間であったとしても、そのような大切な「何か」を持ち得たことは揺るぎない事実であり、そのことは人生の大きな財産であるといえる。

 

喪失自体は不幸な出来事ではあるけれども、喪失のある人生が必ずしも不幸であるわけではない。言い換えれば、何も失わない人生が幸せな人生とは言い切れないのではないだろうか。

 

とはいえ、ときに喪失は人生の一大事であり、心身に深刻な悪影響が及ぶ可能性もあるため、決して軽視することはできない。豊かな人生の歩みにおいて、喪失が避けられないのであれば、喪失を理解し、その体験と折り合いながら生きていくほかない。

 

そもそも喪失とはどのような体験なのであろうか?

 

私たちにとって不可避である喪失に直面したときに、どのように向き合えばよいのだろうか?

 

失うことを見据えて生きる

 

私たちは日々の生活のなかで、失うことよりも、人との出会いや財産など、「何か」を得ることに軸足を置いているように思える。多くを獲得することが、人生を豊かにすると信じているようにもみえる。

 

したがって、大切な「何か」を失うことは人生にとってマイナスでしかなく、あまり考えたくないことだと感じられるかもしれない。

 

しかし現実には、人生において喪失はつきものであり、喪失を幾度となく経験しながら誰しも今を生きている。何かを得ることももちろん重要な目標ではあるが、いかに失うのかも生きていくうえでの大きな課題である。

 

また、喪失の体験を積み重ねていくなかで、私たちは多くのことを学ぶことができる。大切なものを失った経験を通して、人は成長できるともいえる。

 

では、大切なものを失わなければ、学ぶことや成長はできないのだろうか?

 

「失ってはじめて、なくしたものの大きさに気づいた」という話を耳にすることがある。

 

失った当人は少なからぬ後悔を味わっているかもしれない。そうした他者の経験を知ることにより、私たちは自分が実際に直面しなくてもその因果関係を学び取り、対処方法を学習することができる。

 

つまり、自分では失わずとも、他者の喪失体験から学び、成長することもできるはずである。

 

喪失は決して特別な体験ではなく、「明日はわが身」であり他人事ではない。

 

妻の沙知代さん(サッチー)を虚血性心不全で突然失った元プロ野球監督の野村克也氏は、新聞の取材に対して「サッチーが先に亡くなる想定はしていなかった。野球では『最悪の状況を常に想定しろ』って言ってきたのにね」と話している。

 

失ってから後悔しないためには、ことさらに失うことを忌避するのではなく、失うということを見据えて生きることが大切である。

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喪失学

喪失学「ロス後」をどう生きるか?

坂口幸弘(さかぐちゆきひろ)

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