2020/11/17
高井浩章 経済記者
『考えるナメクジ』さくら舎
松尾亮太/著
「考える」という動詞との距離感で言えば、ナメクジほど縁遠いイメージの生物はなかなかいないだろう。これしかない、というタイトルで、しかも看板に偽りなしの好著だ。
苦い薬品とセットで与えると美味しいジュースを避けるようになる。同じように薬品で条件付けすると、大好きな暗い隠れ家も「苦い思い出の場所」と記憶して、隠れるのを逡巡する。
そんな意外な学習能力・論理的思考力にくわえ、人間の大脳に相当する部分を破壊しても組織が再生して学習能力を取り戻す強靭さも併せ持つナメクジ。「脳」には直接、光を感知する力も備わっていて、眼のある大触角を失っても明暗の識別ができるという。
いやはや。参りました。
脳の機能に限らず、エサを与えれば与えるほど巨大化するナメクジが採用する大胆なDNA複製の戦略や、雌雄同体ならではの柔軟な生殖、カタツムリのような殻を捨てたことで得たメリットなどなど、誰かに話したくなるようなネタが次々と出てくる。
事実と推測の区別をはっきりさせた科学的な記述のルールを守りつつ、適度に擬人化して理解とナメクジへの親近感(!)をもたせる愉快な筆致が楽しい。
「科学者モノ」としても素晴らしい読み物になっている。
著者はもともとラットやマウスを使った「王道」の研究者で、その当時、ナメクジの学習能力について学会発表があったと聞いて奇想天外さに爆笑したという。そんな著者が、一般向けの書籍まで書くに至ったいきさつや、マイナーな生物の研究にまつわる苦労話などクスリと笑わされるエピソードが満載。
最終章の基礎研究の面白さ、尊さをうたい上げた「ナメクジ研究者の雄叫び」まで、ぜひ通読してもらいたい。
『考えるナメクジ』さくら舎
松尾亮太/著