2020/12/29
吉村博光 HONZレビュアー
『相場師一代』小学館
是川銀蔵/著
本書の発売は1999年。その後、株式市場が揺れ動く度に売れ行きを伸ばし、版を重ね続けている大ロングセラーだ。コロナ禍の今年も、その例にもれない。ネット書店のランキングで、今年、本書は度々上位に顔を出していた。その表紙を飾るのが、最後の相場師・是川銀蔵(是銀)の顔である。一度見たら忘れられない凄みがある。
俗に「男の顔は作られる」といわれる。本書を読むと、この凄まじい顔がいかにして作られたのかがわかる。極貧の家庭に生まれ、中国や朝鮮で成功や失敗を繰り返しながら戦時中を生き抜いた。戦後は、マッカーサーの言葉に腹を立て、国のために二毛作の研究に取り組むなど、自らの思いにひたすら正直に突き進んできた男である。
朝鮮に渡ったのも、アメリカとの戦争に突入することを予見し「日本の軍事力増強に貢献したい」という思いを抱いたからだ。そこで鉱山開発に取り組み、後に内閣総理大臣になる当時朝鮮総督だった小磯国昭と知己を得て子供のように可愛がられたという。入閣の誘いもあったそうだが、大局を読んで断った。
その後、小磯が東京裁判で終身禁固刑となっていることを考えると、もし入閣していたら、その後の是銀(これぎん)伝説は生まれなかったかもしれない。また、この時の鉱山開発の経験が、後の住金鉱山株の仕手戦勝利につながるのである。そう考えると、一見関係ない点が結びついていく歴史の糸の不思議さがじつに興味深い。
冒頭からページを繰りながら、相場師として頭角を現す前に、私は是銀に夢中になってしまった。最終学歴は小学校だが、彼は常に雌伏の時を本とともに過ごした。金融恐慌で事業が倒産した折には、大阪の中之島図書館で3年間、独学で経済の勉強をしたという。大学を出て偉そうにしている奴らには負けない、という自負はあっただろう。
私は、自分が興味を持った本を読み込んで、レビューを書くことを仕事の一部にしている。なんて幸せなことだろう。気づくと発想の源泉が身についているし、歴史を知っていることで多少のことでは慌てない肝もすわってきた。是銀も、読書に基づいた自信と行動力によって、そのオンリーワンの顔をつくっていったのだ。
本書によると、彼が相場師として漸く檜舞台にあがるのは80歳、1977年の日本セメント株の時である。それに先立って、泉北ニュータウンの土地売却で得た3億を株で6億まで増やしている。底値圏にあると判断し、政府が景気のテコ入れをすることを読み、この会社の株を徐々に買い足していったのである。結果、読みは見事に当たり、30億の儲けを得た。
しかし、成功ばかりではない。次に狙った同和鉱業株では、一時300億の含み益を抱えながらも、欲をかきすぎて元値で売りぬくという失敗をしている。売り抜けたことすら幸運という薄氷の相場だった。ここでは「もうは、まだなり。まだはもうなり」という言葉を本書に何度も書いている。余程、手痛い失敗だったに違いない。
日本セメント株、同和鉱業株、住金鉱山株…実際の体験を生々しく書き残しながら、相場の勝負を決する格言・名言を随所に紹介している。だから、株式市場に関心が高まるタイミングで本書が売れるのもよくわかる。投資家にとって大変参考になる生きた教科書だと思う。その一方で私は、自分に正直に生きた男の自伝として、最高の賛辞
『相場師一代』小学館
是川銀蔵/著