2021/01/18
竹内敦 さわや書店フェザン店 店長
『南極で心臓の音は聞こえるか 生還の保証なし、南極観測隊』光文社
山田恭平/著
「序」からして長い前書きだ。そこで著者の人柄がわかるので親切だろう。南極研究とは何か、なぜ南極にきたのかを説明しながら、論文の書き方を愚痴ったり本書の元になるブログを始めた動機を金儲けのためと冗談のように赤裸々にさらしたりする不真面目さの演出が憎い。本当に不真面目なら観測隊員に選ばれたりしないだろう。やるときはやる男なのだ(たぶん)。文章からにじみ出るユーモアから教養エンターテインメントの匂いがプンプンする。「バッタを倒しにアフリカへ」と同じ匂いがする。決して福岡伸一みたいな名エッセイではない。が、ちょっと面白そうだぞと思わせる。その期待は大当たりだった。本分中でも1ページで3回は笑わせようとするくらいサービス精神が旺盛だ。もし笑いのツボが合わない場合は苦行の書と一変するが、わたしの場合はページ平均1.5回はクスクスしてたので、元は取ったと思っている。
南極へ向かう砕氷船「しらせ」での寒中でパンツ一丁になる訓練や、南極での流しそうめんなど、おふざけが過ぎているのではないかと疑うくらいの面白イベントが多々ある。命にかかわるほどの自然の厳しさや閉鎖的な人間関係や娯楽施設が何もない孤独などの過酷な環境の中では、ハメは外し過ぎるくらいじゃないと生きていけないのかもしれない。食事も多様で物凄くうまそうだ。世界各国の料理やら普段口にしない高級食材にヨダレが出るほどのうらやましさだ。研究以外の生活のエピソードが面白過ぎて本来伝えたい南極のことが頭に入らない可能性はある。
南半球だから12月、1月が夏で、平均気温はマイナス1℃程度、最低気温はマイナス10℃を下回らないらしい。真冬の北国より暖かいのだと驚いた。夏限定なら南極でも暮らせそうな気が一瞬したが、ブリザードのような危険な嵐やセメントを練るなど体力的な作業に対応できる気はしない。
到着したとたん、雪に埋もれた雪上車をスコップで雪かきするシーンがある。案外アナログで前時代的な作業が意外だった。現代の科学技術でなんとかならんかとも思った。まあ、自然保護の観点なのか、南極専用に開発するほどの金はないのか。
総じて南極での服装やら作業やら特殊な状況がイチから説明されていてとてもわかりやすい。ユーモアが効いていて飽きない。写真もふんだんに載っているからイメージもしやすい。映画「南極料理人」を観ていたから、さらに生き生きとイメージできた。観ておいたほうがよい。書籍ならLIXIL出版の「南極建築1957‐2016」がおすすめで、建築の様子や生活スタイル、外国の基地まで載っている写真集で非常に面白い。モリナガ・ヨウによるイラストもツボだ。そして私は南極にハマってしまい7700円もする「南極大図鑑」(小学館)まで買ってしまった。いつか南極ツアーに参加したい。
一流の研究者でありながら(たぶん)、極限生活も苦にならず(たぶん)、こんなにユーモアに富んだ面白い文章を書ける著者には、研究者兼冒険者兼エッセイストとして様々な極地体験のルポを書いて欲しい。深海はどうだろう? 気象の研究には無関係だろうか。なんとかならんか。月はどうだろう? 今は宇宙飛行士しか行けないが、将来研究者が長期滞在できるようになるのではないか。きっと南極の経験が生かせると思う。ぜひ次の目標にしてみて欲しい。山田さんなら大丈夫(たぶん)。
『南極で心臓の音は聞こえるか 生還の保証なし、南極観測隊』光文社
山田恭平/著