2021/02/25
馬場紀衣 文筆家・ライター
『踊る裸体生活 ドイツ健康身体論とナチスの文化史』勉誠出版
森貴史/著
19世紀末、ヨーロッパの市民社会の制度や生活習慣が変化してゆく中で、新しい生活様式が生まれた。それがドイツを中心に広がりをみせた「裸体文化」だ。本書は、20世紀初頭から第二次世界大戦後までのドイツの「裸体文化」を巡る思想を紹介した一冊。
現代を生きる私たちにとって、裸体そのものは決して特別なものではない。裸の体なんてインターネットをはじめさまざまなメディアに氾濫していて、もはや一般化しているから、改めて「運動」として主張する必要もないだろう。しかし、本書に掲載されている裸体の写真は、私たちが見慣れている「裸」とはすこし様子がちがう。
「裸体文化」思想の基盤には、自然療法の発想があった。自然療法とは、空気や水、太陽といった自然の治癒能力を人間の疾病の治療に利用したもの。当時、裸での日光浴や野外運動は人間の健康に良いとされていたのだ。
この新しい文化は、同時期に現れた「生活改革運動」で提唱された生き方のひとつとして登場する。「生活改革運動」は19世紀末のドイツにそれまでなかった「口膣衛生」の概念を定着させ、歯磨き剤やうがい薬を普及させた。日本のドラッグストアでよく見かける、あのニベアクリームもまた、身体の衛生と健康のための手入れを習慣化しようとする生活改革運動の産物だ。
「いわゆる生活改革という、人間の生活全般に対する諸改革そのものは19世紀後半からさまざまな領域で叫ばれていたが、新世紀の新しい価値観と世界観が必要とされた世紀転換期になると、多様な市民層から運動として支持されるようになっていくのである。」
医学が発展し、衛生学の重要性が説かれるようになった結果、人びとの健康をめぐる衣食住の生活習慣への意識は変化していく。裸体文化は、澄んだ自然の空気と太陽光のなかに全裸をさらす空気浴や日光浴を流行させ、スポーツや体操といった身体運動が導入されるようになると、やがて身体の美しさが追求されるようになっていく。
本書に収録されている裸体の男女の写真は、おもに20世紀前半に撮影されたものだ。牧歌的な雰囲気漂うポートレートもあれば、野外でダンスやスポーツに興じる一瞬を撮影した一枚、裸でいることを忘れてくつろいでいるような家族連れの写真もある。どの写真も、被写体はのびのびとしていて、気持ちよさそうだ。これらの写真が語るのは、20世紀前半のドイツで「裸体文化」が隆盛を極めたという事実と、裸のまま野外で過ごすことが日常の一部だった時代のひと場面である。
『踊る裸体生活 ドイツ健康身体論とナチスの文化史』勉誠出版
森貴史/著