僕はこんな言葉を、こんな詩を探していた。『ひとりが好きなあなたへ2』

横田かおり 本の森セルバBRANCH岡山店

『ひとりが好きなあなたへ2』幻冬舎
銀色夏生/著

 

 

その日、僕が受け取ったのは「目には見えない手紙」だった。けれど目には見えないはずなのに、僕の目にはたしかに見えた。いや、感じられたといった方が正確かもしれない。僕には見えても、君には見えないかもしれないから――説明することはとてもむずかしい。言葉を尽くしても、うまく説明できる気がしない。でも、僕は語ろうと思う。僕に訪れた僥倖について。僕の目の前に差し出された言葉について。

 

それは、とても気持ちのよい朝だった。まだ肌寒い朝の向こうに、春の気配が待ちきれないと言わんばかりに顔をのぞかせていた。鳥たちの歌声につられ空を見上げると、白と青が絶妙に混ざり合った水色が、はるか彼方まで続いていた。うつくしく、幸福に満ちた時間だった。このまま時が止まればいいのに、と思わず僕はつぶやいた。

 

奇跡が重なるひと時を大切に抱え、僕はあてどなく歩いた。見慣れた道をどこまでも、時には鼻歌なんて歌いながら進む。いつもより軽やかな足どりなのは、透明な時間の中にいるからだろう。
その道中、僕の目の前にふわり届いた落し物。手を伸ばすと、やわらかな白は当然のごとく僕の手の中に収まった。それは、生まれたての雰囲気をまとい、あたたかさまで感じられた。不思議となつかしい匂いがする一片の羽根に、僕は見覚えがあった。これは、いつかどこかで僕の手の中にいたことがあった。この感触を知っている。このやわらかさを覚えている。道端でむずかしい顔をしてふうむと考え込む僕に、どこからか聴こえる声があった。
「見えない手紙 受け取って」
僕は驚いてきょろきょろと辺りを見渡した。だって今までたったひとりで歩いてきたんだから。周りは、風が過ぎていくばかり。おかしいなぁと思いながら視線を落とすと、白い羽根を握りしめていたはずのそこには、一冊の本がすました顔して収まっていた。

 

これが、見えない手紙と僕との出会いだった。僕の言っていることは、まるでおとぎ話のようで信じられないかもしれない。でも、言い訳になるかもしれないけれど、僕は変わり者なんだ。現実と妄想の世界が混じり合い交差するなんて、僕にとっては日常そのもので。
僕の手の中に収まるこの本は、特別なもの。そう僕の直感が告げる。だって、この本を手にしたとたん、心から言葉があふれだしてやまない。見えない手紙に紡がれた言葉は、僕の心を丸裸にしてしまったみたいだ。

 

この本には詩人が紡いだ詩が、うつくしい写真とともに綴じられている。

 

もしかすると 心を開いたのがいけなかったのかなあ

 

心の傷は、瞬く間に疼きだす。誰にも言っていないのに、誰にも言えず口を閉ざしたのに。逃げ出す猶予もなく、目の前に立ち現れてしまった。あーあ、こんな傷、僕だけの傷だと思ってたのにな。だからこそ、誰にも触れられないように握りしめてきたのにな。僕だけ、なんておこがましいにもほどがあった。ぷっと吹きだして、僕は自分の浅はかさに手を差し伸べたくなるよ。

 

「好きなとこ」 やさしいつめたさ 君の つめたいやさしさ

 

僕だけが知る、君のすばらしいところだと思っていた。でも、違ったみたい。やさしいつめたさを、あたたかな心に宿していたのは君だけじゃなかった。でも、君の中にあるからこそ僕は好きだと思ったんだ。もう僕の隣にいない君の笑顔だけを思い出すのは、悲しみのふちに佇む僕の精いっぱいの強がり。未熟さを抱えたままの僕は、君のことをこんな風に思い出す。いつか、悲しみが消えるその日まで。

 

「心で旅を」  心で旅をしているから そっちに行くのは簡単だよ

 

さあ、ここからまた旅を始めよう。もう十分休んだだろう。どこにも行けないって、長いことうずくまっていただろう。思い出そう、僕の手の中には僕だけのコンパスがある。燃料いっぱい、面舵いっぱい。今こそ心が指し示す方へ。迷ったら、この言葉を何度だって思い返せばいい。

 

心のうちを言葉が巡る。僕の心のすみずみを言葉が駆ける。あたらしい風と、なつかしい香りを持ち合わせた「うた」が、跳ねて飛んで動き回って。想像以上に僕の心を広げていった。それはやさしき侵略者、暗闇から生まれたあたたかな光。僕の内側を照らし、引きずり出し、太陽のもとへと誘うのは、こんな詩にしかできないことだった。

 

僕はひとりでいるのが、やっぱり好き。きっと、これからも僕はそんな風だろう。ひとりで膝を抱え、ひとりで言葉と転げまわって。振り返ると、僕がひとりで歩いて来た道が、ちゃんと連なっている。けれど、差し出された言葉が思いのほか染み入ったから。
僕は、本当はさみしかったのかもしれない。

 

だからこれからはなんてこと、不器用な僕には言えそうにもない。でも、ちょっとだけ。
ひとりが好きな僕だけど、傍にいてほしいと言ってもいいかな。こんな本音をやっとこぼしてもいいかな。
それだけじゃなく。ひとりが好きな僕からの、ちいさな告白。君にしてみてもいい?うんと勇気がいるけれど、君に聴いて欲しいんだ。

 

僕の内側を、きっと見てよ。誰に見せるでもなく、ひとりでこつこつ積みあげてきたんだ。
気に入ってくれたなら、僕は飛び上がるほど嬉しいんだ。

 

僕は、こんな言葉をずっと探していた。

 

『ひとりが好きなあなたへ2』幻冬舎
銀色夏生/著

この記事を書いた人

横田かおり

-yokota-kaori-

本の森セルバBRANCH岡山店

1986年、岡山県生まれの水がめ座。担当は文芸書、児童書、学習参考書。 本を開けば人々の声が聞こえる。知らない世界を垣間見れる。 本は友だち。人生の伴走者。 本がこの世界にあって、ほんとうによかった。1万円選書サービス「ブックカルテ」参画中です。本の声、きっとあなたに届けます。

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