30年後の夏、少女たちは再びめぐりあう

横田かおり 本の森セルバBRANCH岡山店

『琥珀の夏』文藝春秋
辻村深月/著

 

 

子ども時代の記憶とは、なんと脆く曖昧なものだろう。思い出せる記憶すら、膨大な日々のごく一部にしか過ぎず、小さな身体に収まる容量分しか保存できてはいない。
しかしそれは、あくまでも認知することのできる記憶のことでもある。小さな身体に抱えきれない出来事が起こったとして、あまりの衝撃に「無かった」ことにしたのは、生きていくために必要だったからだ。
けれど、それらは決して消えてしまったわけではない。自分を守るために咄嗟に深い場所に放り込んでしまっただけだ。それはきっと、私のなかにある泉に今でも深く沈んでいる。

 

物語に触れるほどに、私のなかにある泉の水面がゆらゆらと揺れる。さざなみ立つ水面に、かつての私の姿が映る。俯き口を閉ざすことで、自分を守っていたかつての私の姿が朧げに浮かぶ。
「忘れたい」と願った記憶の扉が開いていくのを、もう止めることはできない。

 

物語は、ノリコとミカの二人の少女の視点で語られる。
「ミライの学校」の合宿に参加したノリコと、普段からこの学校で生活をしているミカは、小学四年生の夏に出会った。ノリコは六年生まで毎年合宿に参加したが、六年生の夏にミカと会うことは叶わなかった。この場所からミカは忽然と姿を消していた。

 

ミライの学校は、崇高な教育理念と理想主義を掲げた大人によって運営され、その思想に賛同する親の子どもたちが、学び舎と呼ばれる場所に集団で暮らしていた。
静岡県の山奥にある学校の周りには森が広がり、森のなか、奥へ奥へと進んでいくと泉に辿り着いた。神聖で信仰の対象でもある泉の水は、鏡のように透明に澄みわたり、学び舎の子どもたちの間では「願い」を叶えてくれるという噂が流れていた。
泉は、ミライの学校にとって、とても重要な意味を持つものだった。いい水の側で自由に学び、遊ぶという「ミライの学校」のシンボルとして。炊事や洗濯など日常生活における貴重な水源として。さらには、水を販売し利益を得るための手段として。

 

また、ミライの学校には〈問答の時間〉と呼ばれる、ミライの学校の教育理念そのものともいえる時間があった。
「人は何のために生きているのか」「どうして戦争はなくならないのか」
「雨の泉を見て、どう感じる?」「水遊びしてみて、何か気づいたことや発見はあった?」
先生たちが投げかける問いに答える子どもたち。自分の意見を言えることは素晴らしいことだが、重要なのはそれだけじゃない。誰かの答えがさらに問いを深めるきっかけになること。互いの意見を交わし合いながら、「答え」を追求していくこと。自分の頭で考え、行動できるミライを手に入れるために。それは、外の世界で崇高なまま生きていくための、重厚な装備になるはずのものだった。

 

ミライの学校で過ごす日々は、ノリコにとって決して楽しいものではなかった。ノリコを合宿に誘ったクラスメイトは、あっという間に友達を作ってどこかへ行ってしまった。女子たちの噂話や恋の気配。グループ間の軋轢や意見の相違。多くの子どもが集まれば、当然ケンカやトラブルも起こる。普段通う学校と何ら変わりはない。でも、知らない人ばかりの馴染めない場所。もともと人付き合いが苦手で、学校にも友達のいないノリコの胸に不安な気持ちが広がっていく。
そんなノリコに声をかけてくれたのがミカだった。同じ年なのに、ミカはお姉さんのように優しく頼もしかった。ふだんから「ここ」で暮らしているからかもしれない。けれど、一人寂しさを抱えていたノリコにとって、ミカが声をかけてくれたことがどんなに嬉しく心強いことだったか。
普段からミライの学校で生活するミカと、合宿に参加しただけのノリコは常に一緒の時間を過ごせるわけではない。ほんの少しでも、ミカに会える時間をノリコは心待ちにするようになる。

 

学び舎で暮らすミカは、「麓」から来る子どもたちの中でもとりわけ、輪から外れてしまった子を見つけるのがうまかった。それは、ミカの心にも同じように孤独が巣くっていたからだった。麓の学校に友達はいない。“あの場所”から通っていることを知られると、クラスメイトは離れていった。自分が特殊な環境にいることは分かっている。けれど、子どものミカに、この場所から出る術はない。
また、ミカには口に出すことのできない「願い」があった。本当は、おかあさんと暮らしたい。家族で一緒に暮らしたい。けれど、親と離れて暮らすことが当たり前のこの場所でそんな願いを口に出すことは到底できない。口にすれば、壊れてしまうものがきっとある。
でも、透明な瞳をもつあの子にだけは言うことができた。ひとり俯き、同じ寂しさを抱えるミカの前では、素直に口にすることができた。

 

別々の場所で暮らす二人の少女の小さな背中には、孤独がぴたりと張りついていた。たったひとりでいい。心を預けられる友達がいれば、きっと生きていける。
二人には、互いのあたたかな手がどうしても必要だった。

 

片手に「孤独」を握りしめたまま、手と手を繋いで。少女たちは、夜の泉へと向かう。ミカとノリコが決まりを破ってまで叶えたかった事。それは、子どもにとっては当たり前の、あまりにも切なる願いだ。
二人だけの秘密の願いは、夜の泉に沈められた。小さな体から零れた願いは、泉の底へと沈んでいった。二人だけの秘密、夢。そして、願い。すべては美しいまま、あの夏に閉じ込められたはずだった。

 

しかし、物語の扉はあまりにも無作法に、再びこじ開けられる。
あの夏から三十年。女児の白骨があの場所で――
かつて、ミライの学校があった場所から発見された。

 

大人になった法子は、あの夏の出来事を思い出す。忘れていたということが信じられないほど、鮮明にありありと。思い出したのは、ミカちゃんという名前の女の子のこと。二人で見た夜の泉の美しさ。唐突に訪れた別れ。二人で過ごしたかけがえのない時。
見つかった白骨は――もしかして彼女のものかもしれない。あの夏以来、会うことも思い出すこともなくなっていたけれど、大切な友達だったミカちゃん、なのかもしれない。
忘れ去られた記憶がひとつ、またひとつと蘇っていく。
大人になった法子に、いつしか清らかなまなざしが向けられている。それは、子どもだったノリコとミカの瞳のようでもあり、法子の前で無邪気に笑う娘の瞳にも似て。
無垢な瞳は問いかける。
このまま、真実を知らぬまま、あの夏を閉じ込めたままでいいの?

 

迷い、戸惑い、諦めかけた。しかし、暗い影を纏ってしまった“彼女”をもう放っておくことはしない。
彼女の過去を知っているからこそ。美しい夏をともに過ごしたからこそ。
壊して、失くして、置き去りにしてきたものを、もう二度と手放したりはしない。
過去を抱えて、未来を生きていくために。
あなたと、ともに。

 

あまりにも脆弱な地盤のもと、高らかな理想だけが一人歩きをし、犠牲になった命があった。醜さや狡さを隠し、柔和な仮面を被った大人たちの秘密を暴いた少女が、暗闇に足を引きずり込まれた。大人たちの弱さと未熟さが、彼女を死へと追いやった。
また、選択肢を持たない子どもを、この場所に連れてきた親たちの罪は、子どもに一生暗い影を落とすほどには重い。ただ「寂しい」と伝えられず、心細い夜にすがりたい腕を取り上げられた子どもにとって、「残る」という選択も「出る」という決断も、痛みを伴うものになることは想像に難くない。どの道を選ぶにせよ、作られてしまったアイデンティティを、受け入れ諦めるか、力ずくでかなぐり捨てるかという究極の選択をせざるをえない。「普通」の家庭で育った子どもには想像もできない、高い壁に覆われた理想だった世界のなかに今でも多くの人が取り残されている。

 

けれど、あの場所で出会った子どもたちが再会し、かつての友情を思い出すことができたなら。あの夏の日々を美しいまま終わらせることなく、解凍し破壊してもなお残る、たった一片の欠片に純真な想いが宿っていたのなら。
それが、歪んだ世界で生まれたものだとしても、眩いほどの光に満ちているだろう。

 

ミライは、いつだって私のなかにあった。それは、どんなに厳しい環境のなかにあっても、どんなに辛い日々においても、誰にも奪うことができない揺るぎない真実だった。
琥珀のなかで永遠に時を止めた少女たちは、もう自らの意思で未来を生きていける。そして、大人になった私たちには、今度はミライを守るという使命がある。
大人から子どもへ。そして、未来へ――

 

この物語はまぎれもなく、未来から“私たち”に贈られたギフトだった。

 

『琥珀の夏』文藝春秋
辻村深月/著

この記事を書いた人

横田かおり

-yokota-kaori-

本の森セルバBRANCH岡山店

1986年、岡山県生まれの水がめ座。担当は文芸書、児童書、学習参考書。 本を開けば人々の声が聞こえる。知らない世界を垣間見れる。 本は友だち。人生の伴走者。 本がこの世界にあって、ほんとうによかった。1万円選書サービス「ブックカルテ」参画中です。本の声、きっとあなたに届けます。

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