134ページで何度でも泣く。老女のコミカルで可愛らしい、壮絶な物語

金杉由美 図書室司書

『ミシンと金魚』集英社
永井ミミ/著

 

 

「あの女医は、外国で泣いたおんなだ」

 

冒頭の一文にひっつかまれ、最後の一行にたどり着くまで本を閉じられなかった。
いや、一度だけ閉じた。
134ページ。
びっくりして、あわてて閉じて、わんわん泣いた。
歩きながら読んでいたので歩きながら泣いた。
この先、何回もこの本を読んでは同じところで泣くだろう。
思い返しただけで泣くだろう。

 

カケイさんは独り暮らしの老女だ。
小さくて足が悪くて、立ち上がるときには「あい、こんにちは」ってペコンとお辞儀をした勢いでやっと立つ。ずっとミシンを踏んで踏んで踏んで稼いできたので足が悪くなった。
デイサービスのみっちゃんたちと、通いのヘルパーのみっちゃんたちの介護で毎日を過ごしている。お世話をしてくれるひとたちは全部ひっくるめてみっちゃんだ。みっちゃんたちはだいたいが優しい。「ありがとございましゅ」カケイさんがお礼をいうと、みっちゃんたちはにこにこ笑ってくれる。
みっちゃんたちが誰も来ない日は「ご家族様対応の日」で、カレンダーにもそう書いてある。
「ご家族様対応の日」には嫁がやってくるので、やだなあと思う。

 

のんびりあちこちに脱線しながらも饒舌なカケイさんのひとり語りはコミカルで可愛らしい。でも語られ思い出されていくカケイさんの過去は壮絶だ。
生まれてすぐに母を亡くして以来、運命の激しい波にどんぶらこと揺られてカケイさんはここにたどり着いた。デイサービスにはちょっと気になる米山のじいさんもいるし、死んだ兄貴の恋人だった広瀬のばーさんもいる。激しかった波は、今はもうカケイさんをゆたゆた揺らすだけだ。しかし波は波なのだ。安心しててはいけない。いつの日か、いきなり、ざんぶりとカケイさんを頭から濡らして水の中に引きずりこんでしまうかもしれない。

 

「カケイさんの人生は、しあわせでしたか?」

 

みっちゃんのひとりが問いかけるけど、自分の人生のことなんて考えたことないから正直に言ってわかんない。でも、みっちゃん、ほんもののみっちゃんと過ごしていたあの日々は、しあわせだった。うんと、ううんと、しあわせだった。
そして、わるいことがおこっても、なんかしらいいことがかならず、ある。

 

赤ちゃんみたいによちよち歩くばーちゃんの、もういろんなことが曖昧になってしまった頭の中に、しっかりと残っている悲しみと苦しみと喜びの記憶。
そんなあれこれにきちんと始末をつけるために、カケイさんはがんばった。
普段おトイレにいくのだって「えいえいおー」と気合いを入れないといけないくらい大変なのに、めちゃめちゃがんばった。
えらい。
えらいよー、カケイさん。

 

著者は現役のケアマネージャー。
みっちゃんたちのひとり。
だからこそ介護の現場を描いたリアルさも特筆すべきなんだけど、なにしろ134ページ。
ここです。これです。泣く。何度でも泣く。
読んで。とにかく読んでみて。カケイさんの話を聞いてみて。

 

こちらもおすすめ。

『にぎやかな落日』光文社
朝倉かすみ/著

 

糖尿病が悪化して一人暮らしが難しくなった83歳の、もち子こと「おもちさん」のお話。
旦那さんは施設に入居していて、少しづつこの世から離れて行っている。
おもちさんはまだまだ元気なつもりだけど、いろんなことがモヤモヤと思い出せなくなっててちょっと不安になることもある。食べることとオシャレとおしゃべりが好きなおもちさん。やった覚えが少しだけあることをやってないないない!って否定してたら本当にやってないような気がしてきて、それなのにやったと言われることの理不尽さに涙が出ちゃうおもちさん。
老いていくことの怖さ哀しさ愛しさの曼陀羅、すべてをひっくるめて日は沈んでいく。

 

『ミシンと金魚』集英社
永井ミミ/著

この記事を書いた人

金杉由美

-kanasugi-yumi-

図書室司書

都内の私立高校図書室で司書として勤務中。 図書室で購入した本のPOPを書いていたら、先生に「売れている本屋さんみたいですね!」と言われたけど、前職は売れない本屋の文芸書担当だったことは秘密。 本屋を辞めたら新刊なんか読まないで持ってる本だけ読み返して老後を過ごそう、と思っていたのに、気がついたらまた新刊を読むのに追われている。

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