旧ソ連、今のウクライナも舞台となる反戦漫画。この地球上に、新たな「彼女たち」を増やさないために。

白川優子 国境なき医師団看護師

『戦争は女の顔をしていない』KADOKAWA
小梅けいと/著 スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ/原作 速水螺旋人/監修

 

 

これは第二次世界大戦での独ソ戦で、ソ連軍に従軍した女性たちの告白の聞き語りだ。狙撃兵、看護師、洗濯班、パイロットなど、様々な視点からの戦場のリアルが収められている。実は、これら祖国を守るために戦ってきた女性たちの記録は抹消されており、彼女たち自身も生活や家族を守るために長いこと口をつぐんできた。

 

原作著者は、ウクライナ生まれのベラルーシ人で女性ジャーナリスト。聞き取りに対して最後まで抵抗を示す女性たちに根気よくアプローチをし、信頼を固め、500人を超える老齢期の女性たちから壮絶な証言を引き出した。そして本書は、小梅けいとがそれを漫画にしたものだ。

 

戦争ゆえの残酷なシーンもたくさんあるが、そこはあくまでも優しく柔らかい絵柄で描写されている。そのおかげで、戦争を知らない多くの日本人たちも目を逸らさずにきちんと向き合えるに違いない。中学生、いや小学生高学年くらいからなら読んで理解できるのではないだろうか。

 

戦争の多くは、男性の目線から語られてきた。そしてそれは時に、勇敢な物語でなければならない。戦争の正当性に辻褄が合わなくなってしまうからだ。ところが口を開いた女性たちから出てくるものは、死体が無残に転がり、目の前で仲間が殺され、物資も医療も食料も追いつかないという地獄絵図だった。ある従軍看護師が語った彼女の役目は、吹き飛ばされた戦車の中から生存者を女の力で引きずり出し、それを背負って銃弾が頭の上を飛ぶなかを抱腹前進しながら救助するというものだった。

 

ここにはよくある「戦争の悲劇」が書いてあるのではない。お花が好きで、お菓子が好きで、恋バナを楽しむ、愛情たっぷりに育てられたお嬢さんたちの、戦場での生き様の話だ。いきなり放り出された戦場で、彼女たちが女性ならではの機転を利かせ、気丈に生き抜く姿が生々しく描かれている。そして、各ページから伝わる情景、匂いや温度、感触から、最後にはやはり戦争は悲劇しか残さないのだというメッセージしか残らない。

 

「戦争で1番恐ろしかったのは男物のパンツを掃くこと」
「恥ずかしいって気持ちは死ぬことよりも強かった」

 

これが生の女性たちの声だ。いつの時代も、戦争は女の顔をしていない。戦争は命や建物を破壊するだけではない、人間の尊厳をも破壊する。その傷は心の奥底にいつまでも沈み残る。いったん受けた傷は、いつまでも抱えて生きていかなくてはならないのだ。

 

2022年、本書の舞台と同じ場所で再び戦争が始まってしまった。この地球上に、また新たな「彼女たち」が増えていく。本棚に収められている本書から、「今すぐその戦争をやめて!」という悲痛な叫びが毎日溢れ出している。

 

『戦争は女の顔をしていない』KADOKAWA
小梅けいと/著 スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ/原作 速水螺旋人/監修

この記事を書いた人

白川優子

-shirakawa-yuko-

国境なき医師団看護師

国境なき医師団看護師。2010年より紛争地を中心に9ヶ国17回の活動。幼少のころから読書で育つ。 『紛争地の看護師』(小学館)著者。集英社刊行イミダスにて2018年より連載中。 また朝日新聞デジタル&にて2020年10月より連載開始。現在は国境なき医師団日本事務局にて海外派遣スタッフの採用を行っている。

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