日本は「経済の病」をどう克服するのか|『日本病 なぜ給料と物価は安いままなのか』永濱利廣

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  1. 『日本病 なぜ給料と物価は安いままなのか』講談社
    永濱利廣/著

 

筆者はイギリスやアメリカに住んだことがあるが、日本で外食をすると安いと実感する。場所にもよるが、日本では2人で3000円も出せば、都心部でもかなり良質なランチが楽しめる。海外だとそうはいかない。一人分にすら足りるかどうかの値段であり、いかに日本の価格が安いかがわかる。

 

だがこれを単純に喜んでもいられない。日本でモノやサービスの値段が安いのはそれなりの理由があるからだ。本書はそうした経済の実態を含む日本経済の課題を「日本病」というタイトルにして、その病気を治療するための処方箋を示した。

 

冒頭に著者が紹介しているが、各国の購買力を比較したビッグマック指数でも、2022年1月時点で、日本は世界57カ国中33位で中国や韓国よりも低かった。物価が安いというのは、「安くなければ売れない=値上げ出来ない=デフレから抜け出せない」という構図となり、これこそが長きにわたり日本経済を苦しめている元凶である。実際日本は20年にわたって賃金があがらない世界でも希有な国である。著者はバブル崩壊以降、低所得、低物価、低金利、低成長の「4低」の症状に悩まされ、30年たった今もなおこの病から抜け出せていないと指摘する。「日本病」とは一見するとびっくりするようなタイトルだが、言い得て妙である。海外の国々からは日本化「Japanification」とも呼ばれ、「日本のようになってはいけない」という反面教師になっているのは、これまで各種の海外報道からも見て取れる。

 

著者は、日本病の中心はデフレにあるとみる。筆者も同感である。デフレとは、2年以上にわたって物価が下がり続けることであるが、つまりはお金の価値が下落し続けることである。物価が下がり続けるので、人々は必要なぎりぎりまでお金を使わなくなり、モノやサービスが売れず、価格を下げることで企業は対応する。そうなると企業のもうけは少なくなり、働く人の給料は下がり、ますますお金を使わなくなるので、モノやサービスはさらに売れなくなる。この負の循環=デフレスパイラルを断ち切らない限り、日本経済はなかなか浮揚できない。

 

日本がこうした状況をなかなか克服できなかった理由として著者は、経済政策に必要な金融政策と財政政策をめぐり、金融政策を効果的に実施するタイミングが遅れた上に、諸外国に比較して財政政策が不足していたことを指摘する。2008年のリーマン・ショックを受けて、当時の米連邦準備制度理事会(FRB)のベン・バーナンキ議長は「量的緩和政策」を実行し、米国政府の財政政策とともに経済回復に努めた。バーナンキ氏がバブル崩壊後の日本経済の長期不況を研究していた人だっただけに、米国の日本化を防ぐべく懸命になっていたことは印象的である。

 

そして、依然として「4低」に苦しむ中、現在の日本はロシアのウクライナ侵略などで生活必需品の価格が上昇し、企業の輸入物価も上がっている。燃料価格の上昇で、人々が移動を自動車に頼る地方では、ガソリン代などの負担が増え、都市部との格差も生まれている。

 

こうした中で日本はどうすればよいのか。著者は「現在は日本病から本当に立ち直れるか否かの重大な局面にある」と記す。そのためには労働市場の流動性を上げ、金融政策と財政政策をしっかり行ってデフレ脱却と経済成長を目指し、いかに海外の富を獲得するかを考えることが必要だと訴える。来年春には日本銀行の総裁・副総裁が交代する時期を迎え、現在の岸田内閣がどんな人物に金融政策を委ねるかも注目される。

 

本書は現在の日本経済を診断し、何が病気の原因になっているか、今後の治療に何が必要か分かりやすく解説した。今後、経済がよい方向に変化していくのか、着目すべきポイントを豊富に示してくれる良書である。

 

『日本病 なぜ給料と物価は安いままなのか』講談社
永濱利廣/著

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ビジネス・経済分野を中心にジャーナリスト活動を続けるかたわら、ライフワークとして書評執筆に取り組んでいる。英国の駐在経験で人生と視野が大きく広がった。政治・経済・国際分野のほか、メディア、音楽などにも関心があり、英書翻訳も手がける。

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