2022/11/18
坂上友紀 本は人生のおやつです!! 店主
『愛書狂の本棚 異能と夢想が生んだ奇書・偽書・稀覯書』
エドワード・ブルック=ヒッチング/著 髙作自子/訳
「この世に存在している、遍くすべての書物を紐解いてみたい……!」と、一度や二度ならず心に願ったことがある人も、きっと多いのではないでしょうか。
この『愛書狂の本棚 異能と夢想が生んだ奇書・偽書・稀覯書』には、そんな願望を持ったことのある人なら誰でも泣いて喜んでしまうような、普通に生きている限りにおいてはなかなかお目にかかれないような本が、「これでもか!これでもか!!」とばかりに出てきます。
驚愕しながら読み終わり、パラパラと見返していくだに「こんな本が世の中にあったとは……!」という感慨が、ひしひしと胸に広がっていくのです。
「愛書家」ではなく「愛書狂」であるところからして要注意な本書の「はじめに」を読んだだけでも、正直なところ「お腹いっぱい☆」となるような、「奇書・偽書・稀覯書」をはじめとした本に関する情報の多さや図版の多さがたまりません!
知らない、かつ、読んでみたいと思うような本が、めっちゃ出てくるやないかーい!!
「現存するありとあらゆる紙の出版物を電子書籍化することを目的」に、2002年「グーグル・ブック・イニシアチブ」(コード名は「プロジェクト・オーシャン」)という名で計画されたプロジェクトの発表によれば、「現存する紙本の総冊数は1億2986万4880冊(※)」。
(※ 2002年の、「何月何日の統計」、とまでは書かれていない)
2002年ということは今からもはや19年前の話なので、2022年現在となればその冊数はさらに増えているかと思われますが、なにしろ「現存する紙の本の総冊数の目安」からして今回初めて知りました。「紙の本」の話なので、たとえば紀元前のメソポタミア文明の時代に粘土釘に刻まれた本(本書に掲載あり)、といった類のものや、そこまで古くはなくとも布に書かれた本といった、遍く「紙ではない本」は上記の統計にはもちろん入っていないわけで、そうなると「1億3000万冊程の紙の本」が多いのか少ないのかもなんだかよくわからないわけですが、とにかくそれくらいの本が世界にはあるらしき!
そして、「現存する紙本の総冊数」に続く話題は、「失われてしまった本」の話でした。この記述からも、ひどく数奇な運命を辿ったいくつかの「稀覯書」について知ることができました。最も驚いたものについて、以下。
ロンドンの製本業者、サンゴルスキー兄弟が手掛けたという、「1000個もの高価なる宝石をちりばめ、2年がかりで完成させた」という豪華絢爛な「偉大なるウマル」(英語版『ルバイアート』)。アメリカの富豪が買い取り、イギリスからアメリカに運ぶにあたって載せた船が、なんとあのタイタニック号だった……!
気になってもう少し調べたら、本書に記載されている事柄以外にも相当に数奇なることが「偉大なるウマル」の周辺には起こっていたわけですが、何がすごいってここまでに書いたことは全部「はじめに」の数ページを読んだだけで知れる、というのがすごい!
そんな「はじめに」のあとに、いよいよもって展開されていく本文は、「『本』ではない本」、「血肉の書」、「暗号の書」……といった10の章に分かれており、章テーマごと、ページを捲っても捲っても、「そんなことってありますか?!」or「そんな本ありますのん?!」といいたくなる話のオン・パレード☆
世界って広い……。まさにオーシャンのよう! ただし、本書に出てくる「オーシャン」を構成する「本」は揃いも揃って奇書だらけなので、この海はどちらかといえば荒れ模様で、迂闊に乗り出せば予想外な話の数々に溺れそうになるくらいでした。特に、「血肉の書」の章は、途中で「ちょっと読むのをやめようかな……」と思わなくもなかった。
しかしながらに全体的に、なんせ知らない&知っていても読んだことがない読んだことがない本だらけ(日本の本はほぼ出ない。ガッツリと紹介されているのは、口絵で江戸時代の『屁合戦絵巻』と、本文中で『地獄草紙』。さすがのチョイスです☆)! ゆえに、急に視界が開ける感があり、慄くばかりに恐ろしい本だって散見しているものの、読後、驚き終えたあとには、「世界って本当に広大だなぁ……!」とむしろ清々しささえ覚える次第です。
が、その清々しい感動も落ち着けば、結局のところは「奇書」があるからにはそれを書いた「奇人」がいて、それを喜ぶ「変人」がいるということなんだなぁ……と、改めての驚愕に戻ってしまうし、「愛書家」ではなく「愛書狂」であるというその意味を、改めて考えてしまうのでありました。書名って、大事!
さいごに、読んでいて衝撃を受けた本や人について、本書の中からいくつか要約して紹介し、終わりにしたいと思います☆
■ミイラを包んでいた書物(「本」ではない本 の章)
エジプトにおいてミイラ作りが盛んなりし頃、テーベで仕立屋パヘルヘンスの妻・ネシヘンスが亡くなった。ミイラにしたい! しかしミイラを包む亜麻布が足りない! 結果、エジプト人たちは、衣服や帆布など手に入るものは何でも切り裂いて再利用した。うちの一つが、このネシヘンスの妻のミイラを包む布であった。なんやかやあり、エジプト好きクロアチア人・バーリッチが旅行の際にミイラを購入。ウィーンの自宅に持ち帰り、その後1981年にヤコブ・クラールという専門家によって、この(ネシヘンスの)ミイラを包む布が「エトルリアの書」(紀元前250年頃の作で、今では「ザグレブの亜麻布本」と呼ばれる)であることが明らかにされた。
■バイオリンに書かれた戦時日記(「本」ではない本 の章)
1861年、南北戦争に兵卒として入隊することになったインディアナ州ウィナマクの宿屋の息子・コンは、1863年にテネシー州ナッシュヴィルでバイオリンを買い、以降、どこに行くにもバイオリンを携えていった。弾くためではなく、楽器の表面に日記を刻むために。従軍した第87部隊の様子や参戦した30ほどの戦闘の記録をつけた。現在その日記は、南北戦争における一兵卒の一風変わった記録として高く評価されている。
■トイレットペーパーに書かれた日記(「本」ではない本 の章)
第二次世界大戦中の1944年、ナチに捕らえられオスロの刑務所の独房に収監された反ナチ運動家で地下新聞の編集者でもあったペター・モーエン。彼は紙もペンもない真っ暗な独房の中で、トイレットペーパーに金具で穴を開けては日記を綴った。何回も看守に見つかっては没収された。しかし、見つからなかったものもある。通気口の中に押し込んだ、ある程度まとまった量のトイレットペーパー。そして戦後、1949年に出版されたモーエンの日記は、故郷のノルウェーを含む北欧でベストセラーとなり、1951年にはアメリカで英語版が出版された。
■恋した女性の肌で装丁した小説(血肉の書 の章)
若くして亡くなったとある伯爵夫人は、天文学者で作家のカミーユ・フラマリオンの大ファンだった。かつて、フラマリオンはその伯爵夫人の美しい肌を称賛したことがあった。結核で亡くなる際に遺書を残した。「自分が死んだら、フラマンリオンがあれほど誉めてくれた自分の肌をはがし、それを彼に送ってほしい」、「その皮膚で最新作を装丁してほしい」。そうして1877年に出版された小説『天空の世界』の一冊は、遺言に則り、彼女の皮膚で装丁された。
(「血肉の書」の章にいわく、世界中の様々な施設が保有する人皮装丁本は31冊。うち18冊が本物と判明)
■フォルツァス伯爵の貴重かつ厳選された蔵書目録(偽りの書 の章)
1840年8月10日、ベルギーのバンシュという田舎町に、ヨーロッパ中の愛書家や稀覯本業者がオークションに参加するため集まった。みなみな、手にしているのは『フォルツァス伯爵の貴重かつ厳選された蔵書目録』。故・フォルツァス伯爵の素晴らしい52冊の蔵書が掲載された、132部のみ刷られた蔵書目録だ。目録の序文には「フォルツァス伯爵は書誌学者や目録製作者が知らない本のみを書棚に集めていた。仮にどこかの目録に載っていることがわかったら、どれほど高価な本でも棚から取り除いた」。ゆえに、未知。かつ、非常に貴重。けれど会場となる場所は見当たらないし、オークションも始まらない。そしてバンシュの人は誰も「フォルツァス伯爵」なんて聞いたことがない。
16年後、ついに犯人が判明した。元軍人で愛書家の男の悪戯だった。伯爵はおろか、蔵書もオークションも全て作り話で、目録ももちろんのこと偽物だった。しかし時を経た現在、たった14ページのその偽目録は、何度も増刷されてはコレクターが追い求める逸品となっている。2018年7月のクリスティーズの競売で、初版となる偽の蔵書目録は、1万2000ポンドを少し下回る金額で落札された。
……みたいなーっ!!
枚挙にいとまがないのでもうやめますが、「ぜひ、日本語の本にしてくれい!」と思った本も盛りだくさんで、「まるで英語が話せない男」が書いた「ポルトガル語―英語の会話集」(英語版タイトルは『英語、彼女が話されているように』)は、はちゃめちゃな文法が奇跡の面白さを生み出しているっぽい由、俄然読みたくなってしまいました!
余談ですが、英語版はあの鬼才マーク・トゥエインが熱烈にプッシュしていたようですが、そんなん、絶対、面白いに、違いない!!(脅威の蒐集本 の章)
その他、30年ほどの長きに渡り、「体重を測る巨大な天秤の上で食事をし、仕事をし、眠り、その摂取量と排泄量をもれなく計測。排泄物に対する自身の体重の変動を調べ上げた」というヴェネツィアの生理学者サントーリオ・サントーリオの話……。と、「もうやめます」といいながらも止まりませんが、「暗号について」や、脚注の起源となる本の話も出てきたりで、文章も挿絵も全ページ隈無く楽しめる一冊なのでありました☆
『愛書狂の本棚 異能と夢想が生んだ奇書・偽書・稀覯書』
日経ナショナルジオグラフィック社
エドワード・ブルック=ヒッチング/著 髙作自子/訳