コミュニケーションの特性
岡嶋裕史『大学教授、発達障害の子を育てる』

 

自閉スペクトラムの子は、コミュニケーションが不得手である。

 

そう言われてもピンとこないと、よく言われる。

 

確かに、「しゃべれないんですか?」と問われたら、
「そうでもない」という答えになるし、
「物の名前とかわかりませんか」と聞かれれば、
「わりとわかってる」と返答するだろう。
しかし、「じゃあ、いいじゃないですか」と結論されると、やっぱりなんだか違うのである。

 

身近にありそうな例でいこう。サザエさん(姉妹社版)で出てくるやつ。
「おなべを見ておいて」
「わかった」
一見、スムーズな会話である。しかし、鍋は吹くのである。
「見ておいてって言ったじゃん!」
「だから、見てたよ」
違う! そうじゃない! と全力で言いたいやつである。

 

もう一つあげてみる。
「この車を、山の向こう側まで移動させてよ」
簡単な課題である。親としては、迂回経路を見つけて欲しいのだ。
「こうかな?」
「山を崩しちゃダメなんだってば!」

 

なんていうんだろう、間違ってはいない、間違ってはいないのだ。

 

だから、ダメだというのは心苦しいのだけれど、社会生活を送る上ではやっぱりダメ出しせざるを得ない、そういう噛み合わなさがあるのだ。

 

プログラミングをされる方は、プログラムを作るときのことを想像するといいかもしれない。プログラムはコンピュータに対する指示・命令の集まりだけれども、一筋縄ではいかない。

 

指示するのに使う言葉が、日本語とプログラミング言語で異なることも原因だが、それ以上にものの捉え方や考え方が全然違うのである。

 

人間は数を数えるときに10をひとまとめにすると都合がいいけれども(10進数)、コンピュータにとって数えやすい、都合のいい数は2である(2進数)。友だちに水を持ってきてくれと言えばそれで通じるけれども、同じことをコンピュータにやってもらおうとしたら水とは何かを定義することから始めなければならないだろう。コップに入れるのか、虫取り網ですくってくるのかすら指示しなければならない。プログラミングとはほとんど異文化コミュニケーションである。

 

だから最近、「プログラミング教育をすると何が身につくんですか?」と問われたとき、「コミュニケーション能力です」と答えることにしている。

 

理由は幾つかあって、プログラミングをしているような人はコミュニケーションとは無縁な生活をしているのだろうと思われているので何か言い返してやりたいのが一つと、チームでプログラムを書いたりするにはコミュニケーション能力が必須なので力がつきますよとかいう無難なのが一つである。

 

でも一番大きな理由は、自分と違う考え方やものの捉え方をする存在があることを認識し、認め、疎通しようと試みることがコミュニケーションなんだと思っているからだ。コンピュータは得体の知れない他者である。感情もないし、それこそ数の数え方からして違う。でも、意思疎通できない相手ではなくて、コンピュータの流儀や道理に適っていれば、ちゃんと思った通りに動いてくれる。
これって、立派なコミュニケーションだと思うのだ。

 

だから、小学校でプログラミング教育が必修化されるのには、ちょっと期待している。実際にどのくらいそうなるかはわからないけれど、自分と違ったふうに考える人や、ものの見え方をする人や事物があることを想像できるようになるといいなあと思う。

 

グローバリゼーションが進む中で、様々な背景が異なる人と話したり働いたりする機会はどんどん増えるだろう。そのときに、自分と違う人をやり取りするのをいやだなあと思うのではなく、まあそういうこともあるよねと楽しめるようになったら素敵なことだと思うのだ。

 

で、その先に自閉スペクトラムの子とコミュニケーションが取れる未来があったらなあとも思う。違うロジックで動いてはいるけれども、ロジックがないわけではないのだ。

 

発達障害に関する読者の皆さんのご質問に岡嶋先生がお答えします。
下記よりお送りください。

 

大学の先生、発達障害の子を育てる

岡嶋裕史(おかじまゆうし)

1972年東京都生まれ。中央大学大学院総合政策研究科博士後期課程修了。博士(総合政策)。富士総合研究所勤務、関東学院大学准教授・情報科学センター所長を経て、現在、中央大学国際情報学部教授、学部長補佐。『ジオン軍の失敗』(アフタヌーン新書)、『ポスト・モバイル』(新潮新書)、『ハッカーの手口』(PHP新書)、『数式を使わないデータマイニング入門』『アップル、グーグル、マイクロソフト』『個人情報ダダ漏れです!』(以上、光文社新書)など著書多数。
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