ryomiyagi
2020/06/24
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2020/06/24
■『蝉しぐれ』(テレビシリーズ 2003年)
放送局:NHK/演出:佐藤幹夫、田中健二/脚本:黒土三男/原作:藤沢周平/出演:内野聖陽、水野真紀、勝野洋、平幹二朗、柄本明 ほか
幼い頃から互いに好き合いながらも、次々と襲いくる運命にさいなまれ、結局は結ばれえなかった男と女の20年に及ぶ物語である。
原作では2人の過ごした年月は編年体で描かれている。対して黒土の脚本は、原作でエピローグとして配された
「20年後の再会」のシーンを冒頭に配置させ、そこから2人の思い出話として回想させながら物語を展開させていく。
文四郎(内野)は自らの父を陥れ、家族をどん底に落とし込んだ家老(平)が、今度は藩主の子供を産んだ想い人・お福(水野)を殺(あや)めようとしていると知り、命を懸けてこれを守る。
それから20年、文四郎は家族を持ち、それなりの役職に出世。
お福は藩主の側室となり、そして藩主の死去にともない尼寺に入ることになっていた。
福が尼寺へ発つその日、2人は再会する。
つまりこれは、2人の俗世での最後の邂逅(かいこう)なのである。
「文四郎さん……今日はそう呼ばせてください」
「お福さま……」
「福です。今日の私は福です。そう呼んでください。遠いあの日のように、せめて今日だけは」
が、文四郎は「ふく」と呼ぶことができない。
黙り込む2人の間に蝉しぐれが聞こえてくる。
そして、回想へと入っていく。
まばゆいものを見るような目で過去を思い出し、語り合う2人。
この視点が挟まれることで、回想を通して展開される過去の物語が、もう取り戻すことのできない青春の追憶として、ほろ苦く匂い立ってくる。
この空間にはこの2人しかいない。
それでも2人は互いを律して、互いの身分のままの距離を保とうとする。
そして、あふれんばかりの感情を押し殺しながら、ポツリポツリと語り合う。
「子を失った時、いっそ死んでしまいたいと思いました。それを押しとどめてくれたのは文四郎さん、あなたでした。生きてさえいれば、またいつかお会いする日が来るかもしれぬ、と。それだけを頼りに……」
と、徐々に心の底を吐露するようになるお福だが、文四郎はひたすらに押し黙っている。
2人の悔恨が深く静かに染みわたってくる演出だ。
だからこそ、最終回の最後になって2人が互いの感情を解き放ち、初めて結ばれた時、「ふく……!」と短くその名前を呼ぶだけの文四郎の台詞が重く響いてくる。
それは、2人の青春の残滓(ざんし)がようやく昇華された瞬間を意味するものだからだ。
【ソフト】
NHKエンタープライズ(DVD)
【配信】
アマゾンプライムビデオ、U-NEXT
(2020年5月現在)
※アマゾンプライムビデオ は、アマゾンプライムビデオ チャンネルの登録チャンネル「時代劇専門チャンネルNET」「シネマコレクションby KADOKAWA」「+松竹」「d アニメストア for Prime Video」「JUNK FILM by TOEI」「TBS オンデマンド」を含んでいます。
●この記事は、6月11日に発売された『時代劇ベスト100+50』から引用・再編集したものです。
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