鈴木信太郎画伯の絵と黄色いパッケージが目を惹く「長崎銘菓クルス」
中田ぷう「素晴らしきお菓子の缶の世界」

ryomiyagi

2020/11/13

お菓子の缶。それは私たちの暮らしのいちばん身近にある“芸術品”。ただお菓子を入れて売っているのではなく、中には思わぬ名画が使われていたり、著名なデザイナーが手がけていたりするのです。お菓子の缶を集めて40年以上。フードジャーナリストのわたくしこと中田ぷうが、知れば知るほど奥深い“お菓子の缶”の世界へご案内します。

 

 

「長崎銘菓クルス」というお菓子を知っていますか? 東京生まれ東京育ちの私がこのお菓子を知ったのは今から5~6年前。地方銘菓フェアで見つけ、「マッターホーン」(学芸大学)や「こけし屋」(西荻窪)と同じ、鈴木信太郎画伯が描くシスターがかわいくて購入。東京オリンピックが開催された1964年に誕生した「長崎銘菓クルス」。現在ではオリジナルグッズも販売され、若い人たちへ認知度もじわじわと高まってきています。その魅力に迫りました。

 

56年以上愛される商品の誕生は“温泉街”

 

クルスとはポルトガル語で「十字架」のこと。菓子にもクルスの型が押されている。

 

東京オリンピックが開催された1964年。日本は高度経済成長期に入り、国内旅行が盛んになり始めた頃でもありました。長崎も異国情緒漂う街として人気が高まり、観光客が増えていったと言います。「長崎銘菓クルス」の本社がある長崎県雲仙市小浜町は温泉街であり、湯せんぺい(温泉の湯を練り込んで作るお菓子のこと。“温泉せんべい”のようなもの)を作っており、当時の“観光ブーム”の波に乗るためにも新たな商品を開発しようとしているところでした。そして本来作っていた“湯せんぺい”からインスピレーションを得て、できたのが「長崎銘菓クルス」でした。

 

来崎していた洋画家・鈴木画伯に絵を依頼

 

 

現在は「小浜食糧株式会社」が手がける「長崎銘菓クルス」ですが、発売当初は湯せんぺいの製造をしていた「小高屋」が手がけていました。「小高屋」の三代目小高国雄氏が、ちょうど来崎していた鈴木信太郎画伯に「“クルス煎餅”というお菓子を作りたい」と伝え、シスターの絵と「クルス」の文字を描いてもらったことから始まりました。
その後、小高屋が廃業。それを聞いた「小浜食糧株式会社」の創業者・豊田直樹氏が、画伯の絵とクルスという名前の商標権を購入。“新たなクルス”を開発し、現在のものが完成したと言います。
ホワイトチョコレートにわずかなアクセントとして生姜の微粉末を入れたのも、唯一無二の味を追求した創業者の息子・豊田信央氏や当時の工場長・吉田政俊氏の苦労の賜物です。

 

 

今回、“クルス”に初めて“シスターグッズ”があることも知りました(HPから購入できます)。これは2015年にセレクトショップ「アーバンリサーチ」とコラボ商品を作る際、販売を開始したもの。ちなみにシスターのみならず、鈴木画伯が描いた“南蛮人”の絵を用いたグッズもあります。
ペンケースやポーチなどは就労支援に通う障碍者の方がデザインし制作したもの、手ぬぐいやトートバッグは長崎ならではのオリジナル雑貨を販売する「たてまつる」と「アーバンリサーチ」、「小浜食糧株式会社」のコラボ商品だったりして、グッズの裏にかくされたエピソードもおもしろいのです。

 

黄色の理由は「とにかく売り場で目立たせたかった」

 

現在販売しているのは写真・右の「復刻クルス缶」(1080円)のみ。左の大型四角缶は完全終売。今年までクルスの全フレーバーを詰め合わせた「幸せたまて箱」として売られていた。

 

「長崎銘菓クルス」といえば、この人目を惹く鮮やかな黄色が特徴的。“クルス”を作る際、とにかく“売り場で目立つものを作りたい!”ということからこの黄色が採用されたのだとか。当初、駅の売店「キオスク」での販売からのスタートだったそうですが、長崎駅では「黄色いパッケージで売れるのは“森永ミルクキャラメル”と“クルス”だけ」とも言われるほどだったと言います。
最初、作られたのは大型四角缶。昭和30年代、当時はまだまだ大きなお菓子缶が主流で、ここにベーシックなクルスを詰めて販売していました。ただ、時代の流れもあり、大きな缶菓子がメインじゃなくなったこともあり大型四角缶は1度終売。しかし缶の在庫があり、10年ほど前に残った大型四角缶に全フレーバーのクルスを詰めて販売を開始。今年になって在庫の缶がなくなったことで、この“大型四角缶”は幻の缶となってしまいました。
2015年には発売50周年を記念して、先に出てきたセレクトショップ「アーバンリサーチ」とのコラボにより「復刻版クルス缶」の販売を開始。この缶は終売してしまった“大型四角缶”のデザインをそのままにサイズチェンジしたもので、現在も雑貨店「TODAY‘S SPECIAL」などで購入することができます。

 

クリスマス限定缶も(でも一年中買えます。笑)!

 

【クリスマス限定】クルス缶1080円

 

2016年にはクリスマスカラーをあしらった「クリスマス限定 クルス缶」も販売を開始。でもこちらオンラインショップでは1年中買えるというのもほのぼのとしていいんです。

 

先日、長崎出身の人にお会いしたとき、ちょうどクルスの話になりました。「クルス、懐かしいなぁ! 長崎の土産と言ったらクルスだもんな。でも今年はコロナでお土産業界はどこも大変だったんじゃないか」と心配していました。
取材をする中、多くのお土産菓子屋さんが今年、苦境に立たされている姿を見てきました。“クルス”も例外ではないといいます。来崎する観光客やビジネスマンは激減。イベントも延期や縮小となり、収益は70%も落ちたとのこと。ニュースにもなりましたが、お土産菓子屋さんの中には、やむを得ず廃棄したところもあります。
ご当地銘菓というのはその土地の歴史を汲んで作られていたり、地元の人たちが知恵をしぼり、その土地そのものを表現した菓子だと私は思っています。
クルスのみならずですが、1人でも多くの人に日本のご当地銘菓を知ってほしい。そしてぜひ興味があったら取り寄せて楽しんでみてほしいと思っています。

 

 

長崎銘菓クルス WEB:https://www.grand-food-hall.com/

 

「素晴らしきお菓子の缶の世界」

中田ぷう

ライター・編集者。缶収集家であり、3歳のころからお菓子の缶を集め始める。現在6畳一間が新旧の缶で埋め尽くされ、家族に迷惑がられている。一方でカルディ歴26年、コストコ歴19年のキャリアを持ち、業務スーパーマニアとしても雑誌やTVでも活動する。インスタグラム:@pu_nakata
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