akane
2018/10/23
akane
2018/10/23
鎌倉に「日用美」という、器や日用品、服飾小物などを扱うセンスのいい店が出来たのは2013年のこと。私は友人から教えてもらい、我が家からも程近かったこの店を気に入り、度々訪れては買いものを楽しんでいました。
店主の浅川あやさんは、子育てをしながら、自宅の1階で好きな世界観を店という形で表現していました。素朴で真面目を絵に描いたような人。丸眼鏡をかけ、白シャツのボタンをきっちり一番上まで留めていて、化粧気が無く、笑顔が少年のような女性です。年齢不詳。小学生の息子である楽君と、同じように屈託無くおしゃべりする無邪気さもあります。
私は最初に会った、その瞬間から彼女を好きになりました。女という生きものは、同性である者に対し、第一印象でその内面に持つものを嗅ぎつける本能のような嗅覚を持っています。私があやさんから嗅ぎつけたのは、強い意志を持って生きることに向き合っている、頑なさのようなものでした。
そして、その頑なさは「日用美」を構成する製品選びにも感じられたのです。世の中の流行とは一線を画すセレクト。個人商店としての矜恃を持ち、しっかりと地に足をつけた暮らしを営んでいる人だからこその、的を射たもの選びに共感を覚えました。
「時を経て暮らしに馴染むもの。使うことでより美しくなる日用品を扱いたいと思いました。華美なものではなく、日々の生活を穏やかに彩ってくれるものが好きなんです」
人気作家だとか、有名ブランドだから、という既存のものさしに頼らない、あやさん自身の審美眼を頼りに独自に探し当てたものたちは、私の暮らしのなかで役立ち、楽しさも与えてくれるものになりました。そうした製品を、あ・うんの呼吸の如く提供してくれる店は、そうそうあるものではありません。
だから、ある日突然、あやさんから「この場所での営業を止めようと考えています」と聞かされたときは、とてもショックでした。オープンして、まだ4年しか経っていない夏のことです。
「ここでの暮らしは便利で、何の不自由もなく、楽しい仲間も居てくれて。でも、本当の意味で豊かな生活とは、もっと大らかに自然と深く繋がった場所にあるのではないかと思い始めたんです」
鎌倉での生活も、都心に比べれば自然に触れる機会はあると言えますが、住宅地であるため、どこか整理整頓された自然である印象は否めません。
実家である北九州の野山を駆けまわり、裸足で遊んでいた子ども時代を持つあやさんにとって、人の手で整理された自然はぎこちなく、どこか借りものの匂いがしたのでしょう。
「幼い頃に、いつも遊んでいた山道が舗装されたことがショックだったことを今も覚えています。どろんこ遊びが毎日できたのに、それができなくなったことが悲しくて。その頃から、自然を遠ざけるような街づくりを、何かおかしいと感じていました」
中学生になると「公園をつくる人になりたい」と、父に宣言したと言います。
「建物に興味があったのではなく、ランドスケープに関心があったんですね。人が整備した都市型の街ではなく、自然のなかに人の住まいが寄り添っているようなイメージを漠然と描いていました。模型とかつくるのが好きでしたね。男の子みたいに」
夢の実現を目指し、美術大学に進んだあやさん。ランドスケープではないものの、内装設計会社やライフスタイルショップで図面を引く仕事や、接客もこなしました。その後出産を機に退職し、都内から鎌倉に移住。夢のひとつでもあった「日用美」をオープンします。子どもの頃から、思い描いた夢を形にすることに真っ直ぐで、そのための努力を惜しまず積み重ねることができる。やはり、意志の強さが要になっていると感じます。
「夫も私も、ものをつくることが好きなんです。自分たちの頭で考え、手を動かしているのが好きで、結局、何かつくっていないと寂しくなってしまうんですよ(笑)」
ものづくりが好きな人。そうした人に共通する純粋さをあやさんも持っています。夢中になっているから多少のことではへこたれないし、頭のなかにある予想図を思えば笑っていられる。あやさんの日常は、発見と創作の日々でもあって、それを形にするしなやかなパワーにいつも溢れています。
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