黄金狂時代の痕跡を、谷あいの里の尾根から眺める―ニール・ヤングの1枚【第70回】
川崎大助『究極の洋楽名盤ROCK100』

戦後文化の中心にあり、ある意味で時代の変革をも導いた米英のロックミュージック。現在我々が享受する文化のほとんどが、その影響下にあるといっても過言ではない。つまり、その代表作を知らずして、現在の文化の深層はわからないのだ。今を生きる我々にとっての基礎教養とも言えるロック名盤を、作家・川崎大助が全く新しい切り口で紹介・解説する。

32位
『アフター・ザ・ゴールドラッシュ』ニール・ヤング(1970年/Reprise/米)

Genre: Folk Rock, Country Rock
After the Gold Rush – Neil Young (1970) Reprise, US
(RS 74 / NME 56) 427 + 445 = 872

 

 

Tracks:
M1: Tell Me Why, M2: After the Gold Rush, M3: Only Love Can Break Your Heart, M4: Southern Man, M5: Till the Morning Comes, M6: Oh, Lonesome Me, M7: Don’t Let It Bring You Down, M8: Birds, M9: When You Dance I Can Really Love, M10: I Believe in You, M11: Cripple Creek Ferry

 

38位で紹介した『ハーヴェスト』(72年)の1枚前になる、彼の3作目のソロ・アルバムがこれだ。同作の大成功の下地を整えたのがこちらだった。そしていまもって、彼の最高傑作と言えば、まずこの1枚を挙げる声は多い。

 

また本作は、「この時代」の様相を色濃く反映した1枚でもあった。カウンターカルチャーの時代は、60年代の終焉とともに幕を閉じる。大いなる喪失感とともに、「地に足をつけた」戦いが始まったのが70年代の初頭だ。いつ終わるともわからない、長い長い戦い――その果てに傷つき倒れ、床に伏す自分自身を幻視したかのような1曲がタイトル・チューン(M2)だ。「永続的な敗北」のなかに棲み続ける主人公を描写しながらも、しかし決定的に「美しい」このナンバーの迫力は、1970年の精神を永遠のものとした。

 

そんな、まるでザ・フーのあのナンバー、邦題「無法の世界」にも匹敵するような曲を、ほとんどピアノの弾き語り(ちょっとだけフレンチ・ホルンが入る)で表現できてしまったのが、このときのヤングだった。乗りに乗っていた。

 

彼のエレクトリック・ギターが炸裂するM4、M9を2つのピークとして、それ以外の楽曲は、基本的にアコースティック・ギターやピアノをベースにした、シンプルなアレンジで構成されていた。これらを彼は、ロサンゼルス郊外のトパンガ・キャニオンにある自宅地下室の簡易スタジオにて、親しい仲間だけを呼んで録音した。芸術家が多く住むこのエリアと合わせて、「ローレル」キャニオン地区にも大挙して若い音楽家が移住し始めていた。「郊外の自宅から」手弁当で、仲間とともに着実に「理想」を発信する、そんな時代が幕を開けようとしていた。

 

リリースの時点では、アルバムはあまり批評家受けしなかった。後年、名盤との地位を確かなものとした。商業的な面では、ヤング初のトップ40ヒット・シングルがここから生まれた。M3がそれで、数多くのカヴァーがあるのだが、なかでも特筆すべきは、90年にイギリスのポップ・ユニット、セイント・エチエンヌのデビュー・ヒットとなったヴァージョンだ。ベッドルームで2時間で録った、というこのトラックは、ハウスとグラウンド・ビートの中間のような仕上がりで、やはりひっそりと、この時代の孤独感を表すことに成功していた。

 

次回は31位。乞うご期待!

 

※凡例:
●タイトル表記は、アルバム名、アーティスト名の順。和文の括弧内は、オリジナル盤の発表年、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●アルバムや曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、収録曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
●収録曲一覧は、特記なき場合はすべて、原則的にオリジナル盤の曲目を記載している。

 

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究極の洋楽名盤ROCK100

川崎大助(かわさき・だいすけ)

1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌『ロッキング・オン』にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌『米国音楽』を創刊。執筆のほか、編集やデザ イン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌『インザシティ』に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)がある。

Twitterはこちら@dsk_kawasaki

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