真夏の真っ白な浜辺に決して溶けない氷の塔を、スタジオの魔術で―ザ・ビーチ・ボーイズの1枚(前編)
川崎大助『究極の洋楽名盤ROCK100』

戦後文化の中心にあり、ある意味で時代の変革をも導いた米英のロックミュージック。現在我々が享受する文化のほとんどが、その影響下にあるといっても過言ではない。つまり、その代表作を知らずして、現在の文化の深層はわからないのだ。今を生きる我々にとっての基礎教養とも言えるロック名盤を、作家・川崎大助が全く新しい切り口で紹介・解説する。

 

4位
『ペット・サウンズ』ザ・ビーチ・ボーイズ(1966年/Capitol/米)

 

Genre: Pop Rock, Chamber Pop, Psychedelic Pop
Pet Sounds – The Beach Boys (1966) Capitol, US
(RS 2 / NME 26) 499 + 475 = 974
※5位、4位の2枚が同スコア

 

 

Tracks:
M1: Wouldn’t It Be Nice, M2: You Still Believe in Me, M3: That’s Not Me, M4: Don’t Talk (Put Your Head on My Shoulder), M5: I’m Waiting for the Day, M6: Let’s Go Away for Awhile, M7: Sloop John B, M8: God Only Knows, M9: I Know There’s an Answer, M10: Here Today, M11: I Just Wasn’t Made for These Times, M12: Pet Sounds, M13: Caroline, No

 

 ポップ音楽史上、ひとつの明確なメルクマールとなった1枚だ。ザ・ビートルズの『サージェント・ペパーズ』(67年、23位)は、本作への対抗意識から作られた。そんな強大な影響力を持つ、しかし「異形の」ポップ・アルバムがこれだ。

 

 どこが「異形」か。まず、作りかたが変わっていた。本作はザ・ビーチ・ボーイズの11枚目のスタジオ・アルバムなのだが、実質的には、リーダーのブライアン・ウィルソンが「ほとんどすべて」をひとりでコントロールして制作した。「そのほかのメンバー」は、歌入れほか、限定的な役割しか担わなかった。演奏は「ザ・レッキング・クルー」と呼ばれる、スタジオ・ミュージシャン集団などがこなした。プロデューサー、フィル・スペクターが手掛ける諸作でも活躍した腕利きの顔ぶれだ。

 

 またブライアンは、スペクターの芸風「音の壁(Wall of Sound)」にも強く惹かれていた。だから多重録音の鬼と化して、あるいは、スタジオの虫と化して、本作の制作を進めていった。自分自身も含めた「人間」など、テープの磁性体に影響させるための「部品」でしかなかった――結果、ありとあらゆる楽器が、入れ替わりながら「ブライアンの王国」にて踊り続ける、シンフォニーのような、青春映画佳品のサウンドトラックのような、きわめて高品質なポップ・ソングの一群が完成する。それはロックンロールに端を発してはいるものの、もはや別種のなにかと化していた。「ブルース」の息吹きなどほとんどない、脱臭され、分子レベルで再構築された、まるでクローン動物のキメラのように独特な「潔癖性的ポップ」だった。

 

 たとえば、「素敵じゃないか」との邦題で知られるM1。耳を奪われる魅惑的な美しさで「若い(幼い)ふたり」の無垢な愛を描いてはいる――のだが、しかし同時に、あくまでも執拗に「結婚を奨励し」「婚前交渉を邪悪視している」立場が、歌の背景に明確にあることが、奇異の目で見られたり、揶揄されたりすることも多い1曲だ。この曲とのカップリングでシングルとなったのが、「神のみぞ知る」との邦題のM8で、オリジナルのLP時代にはこれがB面最初のナンバーだった。

 

 つまり本作は、明瞭な保守反動性につらぬかれていた。フリー・セックスが猛威を振るう「サマー・オブ・ラヴ」は翌年に控えていて、とくに西海岸では、すでにカウンターカルチャーが燃え上がっていた時期なのに……そこで性的純潔や、慣用句として以上に(たぶんキリスト教の)神を強調しているのだから、これは筋金入りだ。

 

(後編に続く)

 

※凡例:
●タイトル表記は、アルバム名、アーティスト名の順。和文の括弧内は、オリジナル盤の発表年、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●アルバムや曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、収録曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
●収録曲一覧は、特記なき場合はすべて、原則的にオリジナル盤の曲目を記載している。

 

この100枚がなぜ「究極」なのか? こちらをどうぞ

究極の洋楽名盤ROCK100

川崎大助(かわさき・だいすけ)

1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌『ロッキング・オン』にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌『米国音楽』を創刊。執筆のほか、編集やデザ イン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌『インザシティ』に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)がある。

Twitterはこちら@dsk_kawasaki

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