四者四様の「才能の深掘り」を、史上初のミックス・テープが受け止めた―ザ・ビートルズの1枚(後編)
川崎大助『究極の洋楽名盤ROCK100』

戦後文化の中心にあり、ある意味で時代の変革をも導いた米英のロックミュージック。現在我々が享受する文化のほとんどが、その影響下にあるといっても過言ではない。つまり、その代表作を知らずして、現在の文化の深層はわからないのだ。今を生きる我々にとっての基礎教養とも言えるロック名盤を、作家・川崎大助が全く新しい切り口で紹介・解説する。

 

3位
『ザ・ビートルズ(ザ・ホワイト・アルバム)』ザ・ビートルズ(1968年/Apple/英)

 

Genre: Rock, Pop, Experimental
The Beatles (The White Album) – The Beatles (1968) Apple, UK
(RS 10 / NME 9) 491 + 492 = 983

 

 

Tracks:
M1: Back in the U.S.S.R., M2: Dear Prudence, M3: Glass Onion, M4: Ob-La-Di, Ob-La-Da, M5: Wild Honey Pie, M6: The Continuing Story of Bungalow Bill, M7: While My Guitar Gently Weeps, M8: Happiness Is a Warm Gun, M9: Martha My Dear, M10: I’m So Tired, M11: Blackbird, M12: Piggies, M13: Rocky Raccoon, M14: Don’t Pass Me By, M15: Why Don’t We Do It in the Road?, M16: I Will, M17: Julia, M18: Birthday, M19: Yer Blues, M20: Mother Nature’s Son, M21: Everybody’s Got Something to Hide Except Me and My Monkey, M22: Sexy Sadie, M23: Helter Skelter, M24: Long, Long, Long, M25: Revolution 1, M26: Honey Pie, M27: Savoy Truffle, M28: Cry Baby Cry,M29: Revolution 9, M30: Good Night

 

(前編はこちら

 

 一方のジョン・レノンは、美しい「ディア・プルーデンス」(M2)などの成果と同時に、ソロ時代にもつながる諧謔と批評性のエンジンがすでに高速回転し始めている。M3、M8、M19などがそれにあたる。だからこの2人がうまく協調して作り上げることができたナンバー「バースデイ」(M18)の高揚感は、ただごとではない。ハイ・エナジーなギター・リフはもちろん、これと掛け合うかのようなヴォーカルが、手に手をとって耳のなかで一気呵成に弾け飛ぶ。ジョージ・ハリスンの人気曲であるM7にはエリック・クラプトンが参加して、ギターを弾いている。

 

 本作は「4人の亀裂が明らかになった」1枚だとよく言われる。録音技術の進歩も相俟って、「それぞれが別のスタジオで」作業したナンバーも多い。しかしこの点こそが「本作の先進性」にもつながった。たとえば、これに先立つ2枚組スタジオ・アルバムの成功例としては、ボブ・ディランの『ブロンド・オン・ブロンド』(17位、66年)が挙げられる。しかし「ホワイト・アルバム」が同作と一線を画するのは、「『サージェント・ペパーズ』後」だという点だ。つまり本作は「2枚組の」コンセプチュアルなアルバム、ととるのが正しい。ではそのコンセプトは?――言うまでもなく、タイトルに掲げられた自らのバンド「ザ・ビートルズ」そのものだ。

 

 物語のために架空のバンドを設定する必要は、もうない。「自らの本質」を四者が四様に掘り下げること――その合流点や分岐点を塗り込むべきキャンバスとして、ここまで大きな、1時間半以上にもおよぶ、真っ白な平原が彼らには必要だったのだ。

 

 前年の67年、そして68年の11月に本作が発表されるまでの期間のビートルズは、特筆すべき実りの季節だった。「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」と「ペニー・レイン」のカップリング・シングルで幕を開け、『サージェント・ペパーズ』『マジカル・ミステリー・ツアー』を経て、「ヘイ・ジュード」のシングルが8月で、それで本作なのだ。ちょっと異様な豊穣ぶり、だと言えよう。その反作用なのか、翌69年、本作から聞き取った(と称する)悪夢のごとき宣託にしたがって、自らの「信徒」である若い女性らに猟奇殺人を命じたのがチャールズ・マンソンだった。加えて、ザ・ローリング・ストーンズの「オルタモントの悲劇」が同年12月に起こり、カウンターカルチャーの夢は、汚泥まみれになってここで砕け散る。

 

次回は第2位。お楽しみに!

 

※凡例:
●タイトル表記は、アルバム名、アーティスト名の順。和文の括弧内は、オリジナル盤の発表年、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●アルバムや曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、収録曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
●収録曲一覧は、特記なき場合はすべて、原則的にオリジナル盤の曲目を記載している。

 

この100枚がなぜ「究極」なのか? こちらをどうぞ

究極の洋楽名盤ROCK100

川崎大助(かわさき・だいすけ)

1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌『ロッキング・オン』にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌『米国音楽』を創刊。執筆のほか、編集やデザ イン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌『インザシティ』に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)がある。

Twitterはこちら@dsk_kawasaki

関連記事

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitterで「本がすき」を