愛の夏のすこし前、漆黒の翼の詩人が人の世を睥睨した【第31回】著:川崎大助
川崎大助『究極の洋楽名盤ROCK100』

戦後文化の中心にあり、ある意味で時代の変革をも導いた米英のロックミュージック。現在我々が享受する文化のほとんどが、その影響下にあるといっても過言ではない。つまり、その代表作を知らずして、現在の文化の深層はわからないのだ。今を生きる我々にとっての基礎教養とも言えるロック名盤を、作家・川崎大助が全く新しい切り口で紹介・解説する。

 

71位
『ザ・ドアーズ』ザ・ドアーズ(1967年/Electra/米)

Genre: Psychedelic Rock, Acid Rock
The Doors-The Doors (1967) Electra, US
(RS 42 / NME 226) 459 + 275 = 734

 

※72位、71位の2枚が同スコア

 

 

Tracks:
M1: Break On Through (To the Other Side), M2: Soul Kitchen, M3: The Crystal Ship, M4: Twentieth Century Fox, M5: Alabama Song (Whisky Bar), M6: Light My Fire, M7: Back Door Man, M8: I Looked at You, M9: End of the Night, M10: Take It as It Comes, M11: The End

 

大ヒット作であり、だれもが知る名盤であり、そして同時に、カルトな支持をも集め続ける――そんな、ありそうで「あまりない」三拍子を同時に実現させたのが、ザ・ドアーズのデビュー・アルバムだ。67年の1月に発表された本作は、まさに「時代を創った」と評すべき1枚だ。

 

まず、全米1位のヒット・シングルとなったM6。「ハートに火をつけて」との邦題を与えられたこのナンバーは、じつに特異な1曲だった。暗く、しかしパワフルな響きをそなえた声が、呪詛のように呼びかける。空間を支配するのは、キーボードだ。左手の電子ピアノ、フェンダー・ローズでベース・ラインを弾いて、右手でVOXコンチネンタル・トランジスタ・オルガンを操る、レイ・マンザレクの「洪水のような」フレージングに圧倒される、なんとこの7分超のナンバーが、売れに売れた。当時、これほどの長さの曲がヒットすることは稀だった。言い換えると「稀なこと」が連続して起こるような、奇妙に歪んだ時空のなかに、このときの彼らはいた。

 

しかし「長い」と言うならば、M11だ。のちにフランシス・フォード・コッポラ監督の『地獄の黙示録』(79年)でも使用されたこの「ジ・エンド」は、11分41秒もあった(しかし、彼らのステージではよくプレイされた)。これを最終曲として、「(向こう側に)突き抜けろ」という意味の題を持つM1とのあいだには、まさに「ロック音楽の領域を広げる」かのような、意欲的なナンバーが並んでいた。のちにデヴィッド・ボウイも好んでカヴァーしたブレヒト作のM5も聴きどころだ。

 

ドアーズのカルト的な部分を一身に背負っていたのが、UCLAでコッポラの同級生だったヴォーカリストのジム・モリソンだ。天衣無縫に、官能的に、あたかも遠くギリシャ神話のアポロンかオルフェウスのように、彼は言葉をつむぎ、黒いレザー・パンツを履き、聴く者を挑発する……このとき、カルト要素のすべての意味が反転、新しい時代の「知覚の扉」を開くものとして、熱狂的に受け入れられた。

 

本作が発表された年、1967年の夏は「マジック・サマー」あるいは「サマー・オブ・ラヴ」と呼ばれた。カウンターカルチャーが大爆発し、愛と平和を旗印に、米英の先進的な地域でサイケデリック・ロックが猛威を振るった。「ジ・エンド」と歌いながら、そんな時代の幕開けを告げた1枚が本作だ。

 

次回は70位。乞うご期待!

 

※凡例:
●タイトル表記は、アルバム名、アーティスト名の順。和文の括弧内は、オリジナル盤の発表年、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●アルバムや曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、収録曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
●収録曲一覧は、特記なき場合はすべて、原則的にオリジナル盤の曲目を記載している。

 

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究極の洋楽名盤ROCK100

川崎大助(かわさき・だいすけ)

1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌『ロッキング・オン』にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌『米国音楽』を創刊。執筆のほか、編集やデザ イン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌『インザシティ』に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)がある。

Twitterはこちら@dsk_kawasaki

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