第二十二回 原田マハ「独立記念日」
関取花の 一冊読んでく?

ryomiyagi

2022/04/01

いやあ、やってきましたね。4月です。暦の上では立春は2月でしたが、やっぱり季節の移り変わりとともに何かが始まる予感がしてくるのはこの時期な気がします。入学式や入社式など、実際に新しい出会いがありますからね。

 

小学校の時なんかは、毎年クラス替えにドキドキしたものです。大きな掲示板に張り出されたクラス表を見て、自分がどのクラスか、あの子はどこのクラスか、指でなぞりながら確かめる時間は本当にいつも心臓が飛び出しそうでした。始まってしまえば大体なんとかなるのですが、やっぱり仲のいい子とはなればなれになったりすると、不安な気持ちでいっぱいでした。

 

いざ教室に入ると、最初は大体名前順で席に着かされます。(みなさんの学校もそうでしたか?)私は「せ」から始まるので、いつも真ん中の列の席でした。そしてそこからぐるりと教室を見ながら、なんとなくこのクラスはどんな雰囲気か考えたりしているうちにチャイムが鳴って、まもなく先生が教室にやってきて、「おはようございます」から新しい年とクラスが始まる。今思い返してもあの瞬間のワクワクとドキドキが入り混じった不思議な感覚が蘇ってきます。

 

でも、私にとっては新学期をみんなと一緒にスタートできるというだけでちょっと安心でした。実は、私は小学校1年生〜2年生までの間に二度の転校をしています。父の仕事の都合上転勤が多く、ドイツ、中国、日本と3つの国の3つの小学校に通いました。その中でも最も通った期間が短かったのは中国の小学校です。2年生の途中から入り、わずか数ヶ月で日本に帰国することになりました。

 

私が中国の小学校に転校生として入学した初日、チラッと目に入った先生のクラス名簿には、名前順の最後に手書きで私の名前が書き足されていました。転校生あるあるですね。みんなの前で簡単に自己紹介を済ませ席に着くと、先生が出席をとり始めました。新井さん、一条さん、加藤さん……どんどん名前は進んでいきます。私は名簿の最後なので“さ行”の時には呼ばれませんでした。そうか、今日は最後に呼ばれるのか。そんなことを思いながらクラス全員の名前と顔を覚えるべく必死に教室中をキョロキョロしていました。そしていよいよ名前も最後の方。山本さん、渡辺さん……よし来るぞ、と思ったその時です。先生はこう言いました。

 

「カンドリハナさん」

 

びっくりした私は、思わず「はい!」と元気よく返事をしてしまいました。もちろん違うわけですが、転校初日一発目からいきなり「違います」と言う勇気が出なくて、言い出せないままなんとなくその場は流してしまいました。さっき自己紹介したとはいえ、名簿の最後に書き足していたから先生も読みがわからなくなってしまったのでしょう。

 

その後も先生の読み間違いは続きました。その度に友達が「先生、セキトリハナちゃんです」と言ってくれたりしましたが、結局日本に戻る直前まで割とそんな感じでした。学期もまたがずにまた転校してしまったので、名簿も最後までそのままでしたし。

 

あの時、転校初日にちゃんと自分で「違います」と言えていたら何かが違ったのかなあと、その学校で過ごす最後の日の帰り道、私はぼんやり思いました。そして、次もしそういうことがあったらちゃんと自分から伝えようと決めました。それからです。私が自己紹介で、「お相撲さんの関取に、野に咲く花の花でセキトリハナです」と言うようになったのは。今でも時々使っています。

 

はじめましての時っていろんなことが起きますよね。ということで、前回はこんな質問をさせていただきました。

 

今月の質問:「はじめましての時の失敗談といえば?」

 

気持ちが落ち着かずふわふわしちゃって、ついテンパっちゃうことってみなさんもきっとあると思います。大人になるにつれはじめてのことは減っていくので自然とそういうこともなくなってはいきますが、それでもやっぱり時々はありますよね。今回も子供の時の話から大人になってからの出来事まで、たくさんのご回答、ありがとうございました。その中から、今日はこのエピソードをピックアップ。

 

お名前:クマボシ
回答:一目惚れした先輩の眼中に入ろうと、手伝いを沢山したら「君はしっかりしているし、一人で大丈夫」と言われたこと。世話の焼ける後輩のほうが良かったのか? と未だに思います。私の大切な初恋。今年は、先輩が卒業私は受験、、、卒業式に思いを伝えます、頑張れ臆病な自分!

 

青春ど真ん中! 読んでいるだけで胸がキュッとなります。この連載がアップされている頃には、クマボシさんは思いを伝えたあとでしょうか。思い残すことなく伝えられたでしょうか。はたまた、転校初日の私みたいに言い出せないままだったでしょうか。いずれにしても、たった一度しかない初恋のために一生懸命なクマボシさんはとっても素敵です。そしてそんなお話をここに送ってくれて、本当にありがとうございます。

 

ですが、ですが。あえて言いたい。先輩の「君はしっかりしているし、一人で大丈夫」という言葉が、私はどうも引っかかるんです。いや、かっこいい、かっこいいのよ。しかもクマボシさんが一目惚れするほどの方だから、きっと見た目もピカイチなのでしょう。でもね、一人で大丈夫かどうかはあなたが決めることではないの!(笑)

 

私、いつも思うんです。一人で大丈夫そうな人は、同時に一人でたくさんのものを抱えていると。弱音を吐いたり誰かに甘えたりせず、自ら進んで物事をこなしていくから、「自分がいなくてもあの子は大丈夫だな」って思われがちなんですけど、そういう人ほど安らげる場所や人を求めているはずなんですよ。しっかりしている=一人で大丈夫、ではないんですよ! ……いかんいかん、何も知らないくせに勝手に熱くなってしまいました。でもその先輩が、クマボシさんのそういう部分にも気づいてくれていたらいいなあと思うわけです。

 

というわけで、今回はそんなクマボシさんにというより、ぜひその先輩に読んでほしい本をご紹介します。原田マハ「独立宣言」です。

 

「独立記念日」
原田マハ/著
2012年、PHP文芸文庫

 

この本は、家族、過去、いじめ、携帯、結婚など、それまで自分の人生の大半を占めていたさまざまな物事から独立していく女性たちを描いた短編集です。でも、決して「一人で生きていく強さを身につけた人の話」という単純なものではありません。その間にはさまざまな葛藤があって、たくさんつまずいて、傷ついて、それでもその中に新しい意味を見出しながら、あらためて自分と向き合うことで再び前を向き、新しい一歩を踏み出していく姿が心情と共に繊細に描かれています。

 

各話のメインとなる人たちの多くは、一見順風満帆そうだったりもします。しかし、紐解いていくと本当はそうじゃない。言いたい言葉をぐっと堪えながら、本当の自分をぎゅっと押さえ込みながら、誰かのために、何かのために常に空気を読んで一生懸命生きているのです。

 

どの登場人物にも共感できる部分があり好きなのですが、特に印象に残ったのは『転がる石』というお話です。共依存になりかけていた恋人の元を離れて、彼のためではなく自分のために生きる一歩を踏み出す主人公の実花。そのきっかけをくれたのは、彼とのことで悩み苦しみ通い始めた心療内科の先生の言葉でした。

 

「こんなことしたら、こうなっちゃうんじゃないか。こう言ったら、こう言い返されるんじゃないか。そう考えてなかなか行動できない。けど、思い切ってやってみれば、けっこう想像もしなかった方に、物事っていうのは転がっていくものですよ」

 

相手のことを考えすぎるあまり無理をして頑張りすぎてしまう人は、きっと人一倍たくさんの我慢をしています。そうしているうちにどんどんがんじがらめになって、目の前の世界から抜け出せなくなる。でも、自分の人生はいつだって自分だけのものなんですよね。

 

またこの本では、前の話にちょこっと登場する人物が、次の話の主人公になっています。誰かの人生においてはただの脇役やサポート役かもしれないけれど、私たちは誰しも自分の人生の主役であるということを、一冊を通して教えてくれるのです。

 

また、表題にもなっている『独立記念日』というお話には、こんな言葉が出てきます。

 

一生けんめい生きている人こそが、自分が寄り添うべき人である。

 

一生懸命な人って、時には助けを必要としていないように見えたり、外野として見守るくらいがあの人にはいいだろうとか勝手に思ってしまいがちなんですが、本当はそんなことない。一生懸命な人にほど、そうじゃない時の自分をさらけ出せる存在が必要なんです。私もこの言葉を読んであらためてハッとさせられました。一生懸命な人に対して、時にどこか傍観者になっている自分がいることに気付かされたからです。これからは、そういう人に寄り添える心を持ちたい。一生懸命な人の、その部分以外のところに気づける自分でありたい。

 

「君はしっかりしているし、一人で大丈夫」と言ったクマボシさんの先輩も、この本を読んだら少し考え方が変わるかもしれません。世話の焼ける後輩もかわいいけれど、しっかりしている後輩のことをちゃんと知ったら、きっともっとかわいいですよ。……なんて私が偉そうに言うことでもないんですけどね(笑)。

 

 

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来月は5月。何かと憂鬱になりがちなこの時期だからこそ、みなさんのハッピーな話が聞きたいです。ということで次のお題はこちら。

 

 

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