「ウンパイロウ」と「おともラーメン」
酒場ライター・パリッコのつつまし酒

みんな「福しん」が好きすぎる

 

生まれ育った大泉学園。今暮らしている石神井公園。長年会社勤めをしていた池袋。この3つの街には、中華料理チェエーンの「福しん」があるという共通点があります。周囲の酒飲みに、この福しんファンがすごく多い。何かひと仕事を終えて、もしくは飲み会のあとに食べる福しんのラーメンやチャーハンは「最高」であり「正義」なんだそうです。
福しんの第1号店は西武池袋線の東長崎駅にあり、現在都内にある33の店舗も大半が池袋より西側。つまり、僕の生活圏内にすごく多いお店というわけ。しかしながらこれまで、なぜか福しんとは縁の薄い人生を歩んできてしまいました。まぁ一番の理由は、ラーメンをそんなに進んで食べるほうじゃないからなのですが、SNSなどを見ているとみんな楽しそうに、ちょっとした小皿料理かなんかをつまみにお酒を飲んだりもしているんですよね。「あそこは自分とは関係のない店なんだ」もしかしたらどこかで、そんなふうに意地になっていたのかもしれません。これまでの僕は、しぶとく福しんへ行かなかった。しかしながら、潜在的な羨ましさが頂点に達したのだと思います。先日、突発的に某SNSに、「突然ですが、福しんに行ってみたいです。先輩がた、おすすめメニュー、これは外せないというメニューがあれば教えてください!」という書き込みをしました。そうしたら、みんなそれぞれに一家言あるんですよね。なんと50件近くのコメントが集まり、以下のようなことが判明しました。

 

・「ウンパイロウ」は外せない
・「手もみラーメン」の汁がややクセのある味でつまみになる
・「チャーハン」もうまい
・「生姜焼き」が他にない味でつまみに良い
・取材で「手もみラーメン」を手もみしているところを見せてほしいとお願いしたがNGだった
・とにもかくにも「ウンパイロウ」
・「ギョウザ」が安い(6個200円)
・ギョウザと生ビールのセットが最強(500円)
・材料がある限り客の要望にはできるだけ応えたいという方針らしい
・いつも行く店舗で「マーボー麺できます?」と頼んでいたらいつの間か正式メニューになっていた
・なくしたものがあってお店に問い合わせたら、店長がゴミ箱の中まで一生懸命探してくれて申し訳なかった(けっきょく家にあった)
・とにかく何頼んでもいいけど語尾に「あと、おとも」と付けてね
・「ウンパイロウ」は頼んどけ!

 

どうやら、「ウンパイロウ」は頼んでおかないと、あとあと厄介なことになりそうです。「おとも」とは、チャーハンや定食類にだけ付けられる、100円の「おともラーメン」のことで、これも福しんを象徴するメニューらしい。他にもお気に入りとして、「タンメン」「回鍋肉」「マーボー豆腐」「唐揚げ」など、さまざまな名前があがりました。
また、

 

・某「〇〇店」の女将さんはいい女なので注意するように

 

という、僕がまったく求めていない、けしからぬ未確認情報も入ってきました。
他意はないのですが、その「〇〇店」が、最寄りとはいわずとも家から割と近かったので、そこへ行ってみることにしました。

 

 

「あと、おとも」

 

時刻はお昼の12時すぎ。練馬区内、福しん〇〇店。定員30名ほどのコの字カウンターの埋まり具合は5割程度。6、70代と思しき方々が多数を占めていて、頼んでいるものはさまざまなれど、お酒を飲んでいる人はいません。
隣のサラリーマンは「肉野菜炒め定食」に「おともラーメン」。こっちのおじさんは「冷やし中華」に「半チャーハン」。あっちのおばあさんは「レバニラ炒め定食」のご飯半分。うんうん、当たり前だけど、みんな思い思いに好きなものを頼んでいるなぁ。
さて、今日は福しんで飲むつもりでやってきました。「昼飲みは、みんなが働いている時間にお酒を飲む罪悪感、背徳感が最高!」という意見をおもちの方も多いようですが、僕はぜんぜんそういうタイプじゃありません。基本的に「朝でも昼でも夜でも、好きな時に飲んだらいいじゃん。もちろん俺もそうするよ」という方針をとっています。とはいえ、店内の他のお客さん全員が黙々とお昼ご飯を食べているこの状況、さすがに罪悪感、いや、正確にいえば「気まずさ」がありますね。それも、昼飲みのスパイスにならないほうの。とはいえ初志貫徹、飲みますけど。

 

さぁ何を頼もうか。こちらは初心者ですからね。みなさんの意見を無視し、いきなり「中華丼ひとつ!」なんて無茶な注文はできません。マストと思われるのは「ウンパイロウ」に「おともラーメン」。となると、定食類かチャーハンは頼むことになる。実は事前にホームページのメニューを予習し、なんとなく「チャーハンセット」かな? とは思っていたんですよ。チャーハンにおともラーメンと餃子が付いて690円というもので、お得に福しんの基本メニューをひと通り味わえそう。ただ、そこにウンパイロウを加えると、どう考えても量が多い気がします。欲張って満腹になりすぎ、いきなり福しんのことを嫌いになってしまうのがこわい。そこで今日は、餃子を諦めることにしました。チャーハン単品450円、ウンパイロウ160円、生ビール430円、「あと、おとも」。これでいきましょう。

 

 

酒とつまみに集中

 

噂の女将さんと思われる女性店員さんに注文を告げます。元気で愛想の良い方で、たまに常連さんとされている何気ない日常会話もすごくいい雰囲気。50代くらいでしょうか? ふくよかで、確かにどこか色気があるような気がします。ユニフォームであるえんじ色のハンチング帽を前後逆に、しかもかなり後ろめ、もはや後頭部に貼り付けてあるといったほうがいいくらいのかぶりかたをされていて、それがなんともいえず似合っています。他の店員さんと話すとき、ちょっと油断して声が低くなるのもいい……って、そんなことはどうでもいいんだよ。酒とつまみに集中集中!

 

すぐに頼もしいサイズのジョッキビールが運ばれてきました。嬉しいことに小皿のザーサイ付き。ひと切れ口にほうりこみ、その塩気でぐいーっとビールを一口。まだ気まずさは残っているけれど、それを差し引いても最高にうまい!
メインがくるまでのあいだ、小皿のウンパイロウをつまみながら気長に待とうと思っていたら、意外にも先にチャーハン&おともラーメンが到着しました。八角形のお皿の上にこんもりと丸く盛られたチャーハン、パラパラとしっとりの中間くらいで、すごくいい存在感。それからおともラーメン。かわいらしい名前の響きに反して、でかい! だってどんぶりがチャーハンの皿より大きいんですもん。具はモヤシとネギだけですが、これ、僕からいわせたら普通に「ラーメン」ですよ。これで100円? なんて頼もしいんだ。これからの時代、おともは犬、猿、キジではなく、ラーメンが主流になっていくんじゃないかな。

 

 

ウンパイロウの意味がわかった

 

まずはラーメンスープをひとすすり。うんうん、オーソドックスな東京醤油ラーメンといった感じで好ましい。次に麺。中太の、ツルツルと喉越しのいいちぢれ麺。うどんより、そばより、とんこつラーメンより、「ズルズル」という表現が一番似合うのはこれだっていう、すすっていて大変気持ちのよい麺ですね。勢いをつけすぎたのかメガネがくもり、外してテーブルへ。
チャーハンもまた、主張の強過ぎない優しい味わいです。サイコロ状のチャーシューがたっぷりと入って、ちょっと大きなかたまりになった玉子がところどころにあったり、食べるごとに食感に変化があって楽しい。
ウンパイロウ到着。今さらの説明になりますが、ウンパイロウ、雲白肉とは、四川料理の定番前菜で、薄切りのゆで豚にタレをかけて食べるシンプルなメニュー。小皿に白い豚バラ肉がたっぷり盛られ、上に刻みネギ、下にはゆでモヤシ。で、全体に濃い色のタレがかかっている。なるほど意味がわかった。これは酒飲みキラーな一皿だ……。一口食べてみるとタレの味が甘めでかなり穏やかなので、さっとお酢をひと回し。お、好みに近づいた。追加したジョッキのウーロンハイ(290円)をごくり。醤油もひと回しいってみるか。あ! これだこれ! ウーロンハイゴクゴク。
なんだか味変が楽しくなってきました。卓上のおろしニンニクを……そうだ、ラーメンに入れてみよう! 小さじ一杯のニンニクをといてスープを一口。あれ? さっきまで意識してなかったけど、五香粉のような風味をわずかに感じる気がする。誰かが言ってた「ややクセのある味」ってのはこのことか。確かにスープだけでもいいつまみになるぞ。

 

いつの間にやら当初の気まずさはどこへやら。満腹&ほろ酔いとなり、気分はすっかり「福しん通」。よし、次回は餃子&ビールのセットだな。それと生姜焼きの味も確認しておきたいし……。
ともあれ、これでやっと僕も、堂々と言えるようになりました。福しん、好きだなぁ。

酒場ライター・パリッコのつつまし酒

パリッコ

DJ・トラックメイカー/漫画家・イラストレーター/居酒屋ライター/他
1978年東京生まれ。1990年代後半より音楽活動を開始。酒好きが高じ、現在はお酒と酒場関連の文章を多数執筆。「若手飲酒シーンの旗手」として、2018年に『酒の穴』(シカク出版)、『晩酌百景』(シンコーミュージック)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)と3冊の飲酒関連書籍をドロップ!
Twitter @paricco
最新情報 → http://urx.blue/Bk1g
 
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