一見不気味な「テレノイド」が、認知症の人を生き生きとさせる
ピックアップ

 

話せないと思っていた認知症の人が、楽しそうに話した!

あなたは、「テレノイド」をご存じでしょうか?

 

テレノイドは、大阪大学とATR(国際電気通信基礎技術研究所)が開発した、遠隔操作型のコミュニケーション・アンドロイドです。開発の中心である石黒浩教授は、マツコ・デラックスや桂米朝のアンドロイドでも有名な、ロボット研究者です。

 

ただ、テレノイドは、これら個人を模したアンドロイドと異なり、極限まで個性を削ぎ落とした、シンプルな外見をしています(写真)。何に見えるかと尋ねれば、「幼い子ども」と答える人が多いのですが、見た人のほとんどが「不気味だ」と言います。

 

あなたは、いかがですか? やはり不気味だと思われたのではないでしょうか。

 

ところが、テレノイドは、認知症の人にはとても受けがいいのです。オペレーターが遠隔操作して、テレノイドを通して話しかけると、とても楽しそうに会話をするのです。

 

そこで、なぜそのようなことが起こるのか、認知症の人とテレノイドの会話にはどのような特徴があるのかなどを、私の研究室が協力して調べることになりました。

 

研究に参加してくれたのは、グループホームに入居している中等度から重度の認知症の高齢者3名(Aさん、Bさん、Cさん)です。

 

全員女性で、年齢は80代後半から90代。認知機能検査などを受けてもらった上で毎週2回ずつ、10か月にわたって協力してもらいました(1名は途中で入院したため、前半5か月のみ)。

 

前半5か月は私の研究室の大学生5名が、後半5か月は大学生5名と傾聴ボランティア4名(44~66歳)が、対面での会話と、テレノイドを介しての会話を行いました。以下は、その際の様子です。

会話にならなかったはずが、テレノイドとは会話が成立

最も認知症の重いAさんは、普段は言葉によるコミュニケーションがほとんど取れない状態です。いつも奇声を発していて、何かしゃべっても意味不明です。学生が対面して話しかけてもその状態は変わらず、やはり意味不明な言葉を発するだけでした。

 

ところが、同じ学生がテレノイドを介して話しかけると、意味不明の言葉が多いものの、その合間に「かわいいね」と言ってテレノイドに触ったり、テレノイドが歌うと、それに合わせて顔を動かしたりしたのです。

 

最年長のBさんは、やや重い認知症です。記憶が悪いものの、被害妄想や暴言などの目立ったBPSD(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia=行動・心理症状)はありません。学生が対面で「子どもの頃、お正月には何をして遊びましたか?」などと話しかけると、楽しかった思い出を生き生きと話しますが、一方的に自分のことを話すだけで、会話にはなりません。

 

ところがそんなBさんが、テレノイドに対しては、「大きくなったら何になる?」と自分から尋ね、その答えにもさらに言葉を返すというように、自然な会話が成立していました。

 

また、テレノイドを抱きしめたり、頬ずりをしたりキスをしたりと、赤ちゃんにするようなスキンシップをする様子も見られました。もちろん、学生と対面で話しているときには、相手に触ることは一切ありません。

 

3人目のCさんは、中等度の認知症で、記憶が悪いものの、目立ったBPSDはありません。学生との対面の会話では、Bさんと同様に昔の思い出や家族のことを一方的に繰り返し話すだけで、会話になりません。

 

ところがやはり、テレノイドに対しては、笑顔で自分から質問をするなど、会話が成立したのです。また、さかんにテレノイドを撫でるといった様子も、Bさんと同様でした。

「こんなにしゃべれる人だとは思わなかった」――認知症の人が話さない理由

テレノイドは、首を傾げたりうなずいたり、腕を動かして相手を抱きしめたり、発語に合わせて口を動かしたりすることができますが、基本的に無表情です。年齢も不明ですし、男の子か女の子かもわかりません。

 

ところが、BさんもCさんも、まるで生きた子どもに対するように、テレノイドを慈しみ語りかけました。Aさんも、もう少し認知症が軽ければ、同様の行動をとったかもしれません。

 

こうしたことが起こる理由については、テレノイドは個性がないからこそイメージを投影しやすいこと、認知症の人は注意が一点に集中しがちなため、テレノイドの顔、中でも目に意識が集中して、ほかのことが気にならないといったことが考えられます。

 

しかし、問題はそこではなく、テレノイドと会話する様子を見た介護職員が、異口同音に「こんなにしゃべれる人だとは思わなかった」と言ったことです。「しゃべらないのは認知症の症状の一つだと思っていた」と。

 

もちろん、認知症の症状としてしゃべれない人もいますが、そうでない人のことも、そうだと思っていたのです。

 

じつは、介護施設では、日常会話がとても少ないことがわかっています。ある調査によれば、介護職員の業務時間のうち、利用者との会話はたった1パーセントです。

 

別の調査によれば、介護職員と利用者の会話のうち、77パーセントは介助のための声かけで、関係性を築くための声かけ、すなわち日常会話は15パーセントです。

 

介護職員は、利用者との日常会話が少ないことを、認知症の症状のせいだと思っていたのですが、そうではないのです。日常会話をする機会がない、話しかけられることがないから、認知症の人は話さなかったのです。

 

私たちは、話をしたければ自分から相手に話しかけます。しかし認知症の人は、それができません。記憶が曖昧で何を話したらいいかわからない。相手がどのような人かわからない。忙しそうに立ち働いている人に声をかけることができない、等々。さまざまな理由がありますが、話をしたくないから話さないわけではないのです。

 

 

以上、『認知症の人の心の中はどうなっているのか?』(佐藤眞一著、光文社新書刊)から抜粋・引用して構成しました。

関連記事

この記事の書籍

認知症の人の心の中はどうなっているのか?

認知症の人の心の中はどうなっているのか?

佐藤眞一(さとうしんいち)

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitterで「本がすき」を

この記事の書籍

認知症の人の心の中はどうなっているのか?

認知症の人の心の中はどうなっているのか?

佐藤眞一(さとうしんいち)