優れたリーダーの「徳」はどこから来るか?
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東方神起のチャンミンさんがインスタで紹介したことでも話題の、韓国で43万部を売り上げる大ベストセラー・エッセイ、イ・ギジュ『言葉の品格』がついに日本で発売になりました。本書の読みどころをピックアップしてお届けします!

 

 

【以聴得心】尊重――よく話すためには、よく聞かねばならない

 

仲間が多い人は、そうでない人よりも組織や共同体の中で有利な立場に立てる。周囲に頼もしい援軍がいるため、一寸先も見えない天下大乱の渦のなかでも、葛藤のさなかにあっても孤立したり迷ったりすることがない。『三国志演義』で天下の徳将として描かれた劉備もまた、そうした類いの人間として見ることができる。人は徳将の下に集まるものだ。劉備は自分の徳を旗印に、優秀な人材を呼び寄せ、彼らの意見に耳を傾けた。諸葛亮を招いたときには三度も相手の元を訪れ、頭を垂れて助力を仰いだ。

 

謙遜と腰の低さと協業を通じて難題を解決した劉備はぐんぐんと勢力を伸ばしていった。劉備の真の武器は、剣ではなく徳だったのだ。

 

徳将の21世紀バージョンを挙げるとしたら、誰がいるだろうか。真っ先にバラク・オバマ前アメリカ大統領を挙げる人が多いのではないだろうか。政治の専門家は、オバマ独自の包容力と親和力を彼の最大の長所として挙げている。オバマのリーダーシップのポイントは何か。そして、そのリーダーシップはどのようにして国民的支持を得たのか。そのことが理解できるエピソードがある。

 

オバマが移民改革法の通過を求める演説をしようとしていたときだった。壇上の背後に移民四百人余りが演説を聴くために起立していた。オバマ大統領が演説をし始めたとき、一人の東洋人の青年が飛び出してきて、鋭いスローガンを投げつけた。「移民追放をやめろ!」

 

青年の声は性急な感じだったが、軽くはなかった。長く心に抱いていた言葉を、やっと孵して外に引っ張り出したような感じだった。

 

青年が放ったスローガンが、大統領の演説を真ん中から鋭く引き裂いた。すると、たくましいガードマンが青年を引きずり出すために近づいた。ガードマンは手を左右に振りながら、青年の口を封じようとした。

 

しかし、青年は黙らない。喉の奥で沸き立つ文章を外に取り出した。その声は何度も宙を切り裂いた。「政府は追放をやめろ! やめろ!」

 

青年とガードマンの間に険悪な空気が流れると、オバマが青年を指さして言った。「かまいません。その青年を追い出す必要はありません。私は彼が自分の家族を思う気持ちを尊重します」

 

オバマは言葉を続けた。「ただ、移民政策のように複雑な事案を解決するには、説得と説明、そして相互理解が必要です。民主主義のためには、急ぐときほど回り道をしなくてはなりません。ときには遠回りする方が早道になることがあります。私にあなたの考えを教えてください。何を話したいのですか? 言ってみてください」

 

オバマの毅然とした対応は、メディアの話題となった。ある新聞は「相手の意見に同意しなくても、相手の発言権を尊重する態度こそ、オバマのリーダーシップの源だ」と報じた。

 

オバマの演説の場面がまだ目の前にちらついていたころ、私は夜遅く弘益(ホンイク)大学の近くの停留所でバスを待ちながら、オバマが大衆を前にした演説で聞かせてくれたバリトンの声と、一言で聞く者の感性を揺さぶる彼の言葉の品位を思い浮かべていた。

 

そのとき、すぐ横にいた父娘の言葉のやりとりが耳に飛び込んできた。小学校に入学したばかりに見える子どもは、子牛のような目をくりくりさせながら父親にこう尋ねた。「パパ、学校で習った言葉の意味がよくわからないんだけど。〝そんちょう〟ってどういう意味? あと、“まごころ”は?」

 

四十代後半くらいの男性は、すぐに答えることなく、少し間を置いた。頭のなかで辞書の意味の向こうにある単語の本質を取り出し、小麦粉でもこねるようにして、それを娘の前に広げてみせようと考えているかのようだった。男性はそっと顔を上げて、夜空を見つめた。星は一つも見えなかったが、父親の説明を聞くために耳と心をいっぱいに開いた娘の瞳が、暗やみの中で星のように輝いていた。男性は子どもの目を覗き込むと、口を開いた。「つまりね、尊重というのは相手の声に耳を傾けることさ。そして真心というのは、言い訳をしないことだ。言い訳を……」

 

「以聴得心」という古い言葉がある。耳を傾ければ人の心を得ることができる、という意味だ。一理ある話だ。ドイツの哲学者ゲオルク・ヘーゲルは「心の扉を開くノブは外側ではなく内側にある」と言った。相手が自分からドアノブを回して心の扉を開いて出てこられるように、相手に配慮し、尊重しなくてはならない。そうしてこそ、相手の心をつかむことも可能になる。

 

これは一見すると教科書的な話のようだが、必ずしもそうではない。人生においては、多様な人間関係に端を発する多くの問題とぶつかることになる。これを解決するには、相手に対して適切な言葉を選ぶことが必要だ。その本質的な解決策は他でもなく、相手の言葉の中に含まれている場合が多い。

 

たいていの場合、ある問題とそれに対する答えは、目に見えない透明なひもでゆるく結ばれている。そのひもを丹念にたぐり寄せることで、問題と正解のあいだの隙間を狭めていけば、それなりの解決策を探し出すことができる。

だからうまく話すためには、まずはよく聞かねばならない。相手の主張に同意しないとしても、その人の話す権利を尊重し、耳を傾けてこそ、相手の心を開くカギを手に入れることができるのだ。

 

これは意思疎通の過程だけでなく、人生という広い舞台でも少なからず役に立つ姿勢でもある。

 

人生の知恵はしばしば聞くところから始まり、人生の後悔はたいてい話すところから始まる。

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イ・ギジュ/米津篤八訳

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