失ったことを受け入れ、「そのあと」を生きるために。グリーフケアの専門家が語る「心の穴」との向き合い方
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人は、生まれるとともに失っている――。
病院や葬儀社など、あらゆる「喪失」と対面してきた死生学・グリーフケアの専門家である著者が「心の穴」との向き合い方を綴った光文社新書『喪失学』(坂口幸弘著)が刊行されました。刊行を記念し、本書の一部を公開。
「喪失」とは何なのか? 「ロス後」をどう生きていくか? 著者のいう「喪失のある人生は、必ずしも不幸ではない」とは、一体どういうことなのでしょうか。第3回です。

 

 

「そのあと」をどう生きるか?

 

並行する二つの課題

 

人生はしばしば物語にたとえられる。

 

その物語のなかでは、大なり小なり喪失が生じ、その都度、筋書きを修正しながら、先の物語が紡がれていく。

 

想定外の重大な喪失、たとえば物語の重要な登場人物が突然いなくなってしまうと、物語はときに壊滅的に崩壊し、筋書きが大きく書き替えられなければならなくなる。

 

人によっては、「自分の人生は終わった」と感じる人もいるだろう。

 

しかし、「自分の死」を迎えるまでは、見える景色が変わったとしても、人生の物語はまだ終わっていない。

 

若くして重大な喪失に直面した場合には、その後の人生のほうがずっと長いかもしれない。

 

詩人の谷川俊太郎氏による『そのあと』という詩がある。

 

そのあとがある
大切なひとを失ったあと
もうあとはないと思ったあと
すべてが終わったと知ったあとにも
終わらないそのあとがある

そのあとは一筋に
霧の中へ消えている
そのあとは限りなく
青くひろがっている

そのあとがある
世界に そして
ひとりひとりの心に

 

喪失後のストーリーはまだ白紙かもしれないが、命ある限り、人生の物語は途切れることなく続いていく。

 

重大な喪失に直面してまもなくは、その後のことを考える余裕はないだろうし、考えること自体が苦痛かもしれない。時間が止まってしまったかのように感じることもある。

 

物語の結末は誰にもわからないが、その後の方向性や展開は、その物語の主人公である私たち一人ひとりが考えていくほかない。

 

重大な喪失に遭遇したあとの道のりとして、私たちが取り組まなければならない課題は大きく分けて二つある。

 

一つは、喪失の現実を自分なりにどのように受け入れるのかという困難な課題である。

 

もう一つは、喪失の結果として生じる生活上の問題やこれからの人生にどう向き合っていくのかという課題である。

 

たとえば、死別の場合、大切な人の死を受けとめることに加えて、家事や家計管理といった故人の果たしていた役割を会得することや、就職や転居の検討など、故人のいない今後の生活にも対処していかなければならない。

 

オランダのユトレヒト大学教授のマーガレット・S・シュトレーベらによって提唱された二重過程モデルでは、喪失それ自体への対処は「喪失志向コーピング」、喪失にともなう日常生活や人生の変化への対処は「回復志向コーピング」とよばれている。

 

二重過程モデルは、死別に関する理論として紹介されることが多いが、死別だけでなく喪失全般に適用することができる。

 

このような二つの方面への対処は、並行する動的過程である。

 

つまり、あるときは喪失の現実に向き合い、一方では生活上の問題に取り組むという、行ったり来たりする対処の過程であると考えられている。

 

どちらか一方の課題だけではなく、双方の課題に、同時並行で向き合っていかなければならないのである。

 

喪失の現実を受け入れることができて初めて新たな人生の物語が始まるのではなく、完全には受け入れられなかったとしても、生活や人生は着々と進んでいて、その後の物語はすでに始まっている。

 

時間の経過にともない、通常、喪失志向コーピングから回復志向コーピングへと軸足は移っていく。

 

失われたもののことばかり考えていたのが、少しずつ目の前の生活やこれからの人生を考えるようになっていく。

 

必要な時間は喪失の状況や人によって大きく異なるであろうが、時間が経つにつれて、その後のストーリーが少しずつ描けるようになっていくであろう。

 

旧約聖書・伝道の書3章1節に、「天が下のすべての事には季節があり、すべてのわざには時がある」という章句がある。

 

人生の物語において、思いもよらぬ重大な喪失に遭遇し、今は悲しみのときかもしれないが、やがて物語には違う局面がおとずれるはずである。

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喪失学

喪失学「ロス後」をどう生きるか?

坂口幸弘(さかぐちゆきひろ)

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