函館の話なんてだれが読むの『潮首岬に郭公の鳴く』平石貴樹
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ryomiyagi

2019/11/07

生まれ故郷の函館のミステリーを書きたいと思うようになった。たぶん年のせいだろう。

 

観光地としてなら、函館はまあまあのところだ。函館山夜景をはじめ、見どころスポットはふんだんにあるし、おいしい食事やみやげ品にも恵まれている。

 
だが、私が書きたいのは観光地ではなく、地元の人のふつうの暮らし、その中で起こる事件である。観光案内を兼ねたミステリーのジャンルがあることは知っているが、幸か不幸か、函館はその方面ではもうさんざん取り上げられているし、私の傾向ともどうもちがう。私の函館には旅行者の視点はいらないのだ。全員函館人、全編函館弁で行きたいのだ。

 

そんな抱負をある友人に告げると、友人は苦笑と爆笑の入り混じったキテレツな声をあげた。「函館の話なんて興味ないよー。だれが読むのー。もっとイベリア半島とか、突き抜けたところを舞台にしなよー」イベリア半島なんか行ったこともない私は、ずっぱり黙らさってしまった(←ちなみにこれが函館弁の例である)。

 
ひそかな心づもりでは、舞台がイナカであればあるほど、三世帯同居の大きな屋敷があり、目撃者や監視カメラも少ないだろうから、たとえば横溝正史『獄門島』のような、美人三姉妹連続殺人といったなんともオイシイ趣向も、比較的自由に実現できるのではないか、という目算もあった。それならいっそ、『獄門島』ばりの大事件を書いてやろう。

 

そうだ平成の獄門島だ(そう叫んだときはまだ平成だった)。それなら函館が舞台でも、文句は言われないだろう。なんとなれば横溝先生にむかって、瀬戸内海の小島の話なんてだれが読むの、と尋ねた者はいないではないか。私は開き直ることにした。思い込みのはげしいタイプなのだ。

 

こうしてできあがったわが函館物語第一作、ただし函館弁の読みにくさばかりはいかんともしがたい。ご寛恕のほどを。

 

 

『潮首岬に郭公の鳴く』
平石貴樹/著

 

【あらすじ】函館で有名な岩倉家の美人三姉妹の三女が行方不明になった。海岸で見つかった遺留品の中に、血糊のついた鷹のブロンズ像。凶器と思われたこの置き物は、姉妹の家のものだった。三女の遺体が見つかっても、犯人の手掛かりはないまま、事件は新たな展開をみせる――。

 

PROFILE
ひらいし・たかき
北海道生まれ。1983年に「虹のカマクーラ」ですばる文学賞を受賞後、推理小説を中心に発表。2016年『松谷警部と三ノ輪の鏡』で本格ミステリ大賞最終候補に。

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