2018/09/27
るな 元書店員の書評ライター
『模倣の殺意』創元推理文庫
中町信/著
エラリー・クイーン。ミステリー作品が好きなら誰でも知っているこの名前。ミステリーの手法の一つである「叙述トリック」の雄。今でも熱烈な信者が多い。
本書はまさに「日本にもエラリー・クイーンがいた!」と思わせる作品なのである。
叙述トリックとは、文章によってミスリードを誘発し、読者を騙す手法である。キーポイントとなる部分を巧みに隠して、読者の思い込みと想像力を予見して書いていく。
もし叙述トリックの巧みなミステリー作家が世論調査のアンケートを作ったら、欲しい数字なんてあっという間に手にいれられる気がする。彼らの手にかかれば、読み手を狙い通りに(しかもその狙いを感じさせることなく)導くことなどたやすい。
ある作家が服毒自殺をした。その日は、奇しくも彼自身が再起をかけて出版した推理小説のタイトルと同じ日付だった。
彼と懇意だった女性が、これは自殺ではないと疑問に思う。彼女は彼と新婚旅行へ行く約束をしていたのだ。俄かには信じられない。
一方、出版社側では彼の死をネタにしてある推理小説を書く企画が持ち上がる。書くのは同じく、生前の彼と交流のあった男性だ。
二人は違う場所から、彼の死の真実へと向かう旅に出る。果たして彼は自殺したのか、それとも他殺なのか? これが大まかなあらすじである。
思い当たる節はあった。読みながら、引っかかる箇所は確かにあった。ミステリーに慣れていない私でも、注意深く読んでいれば分かる程度の。
でも、おかしいな、と思っても何がおかしいのかまではわからない。だって、わからないように書いてあるんだもの。
このもやっとした感覚を払拭するために、ページをめくる手は止まらなかった。どこかにあるぞ、どこだ?
すると、残り100ページあたりで突然、読者へ挑戦状が突きつけられる。これは、エラリー・クイーンだ!! 素直な読者である私は、仰せの通り一旦手を止めて色々と考えてみた(皆さんもこの本を読むときには、必ずここで一度本を閉じて、結末を予想してみてください。)
嘘つきが誰なのかはわかっているから、そこを重点的に探してみる。もやっとしている部分に戻り、読み直してみる。おかしい。何かがおかしい。だけど、それを立証する証拠が見当たらない……。もやもやは消えない。
この物語は女性と男性の交互の視点で構成されているので、読者は当然、時系列を追いながら読み進める。「こういう書き方をしている小説の時系列は正しいのだ」と思いながら!
はい、やられました。
他にも思わず声が出る仕掛けがあって、そんなのアリ?なんだけれど、トリックがわかってから読み直しても、無理やり感が全くない。ここまで思いきりひっくり返されてしまうと、清々しい気分にすらなる。星一徹もビックリするレベル。
解説を読むと、本書はこのパターンの叙述トリックを用いた初の国内ミステリー、とありました。日本にエラリー・クイーンが現れたのだ! エラリーは二人で中町さんは一人だからこっちの勝ちなんじゃないだろうか? ミステリー好きは読まないと損をする、かっぱえびせんのような(?)マストアイテムです。
『模倣の殺意』創元推理文庫
中町信/著