かわいい植物たちの、したたかな生存戦略とは?|工藤岳『日本の高山植物』
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ryomiyagi

2022/12/23

 

 

鮮やかな色彩、かぐわしい香り、ユニークな形状。庭の花壇でも机のうえの花瓶でも、春の花見でも日常生活で巡りあう度、わたしたちは花に魅了されている。生活にどうしても必要なわけではないことも知っている。そのことが益々花を愛でる気持ちを育む。でも植物が美しい花を作るのは、わたしたちを喜ばすためではなく、子孫を残すためにほかならない。高山植物の研究家である著者の言葉を借りるなら「人は植物の生殖器官を愛でているにすぎない」のだ。

 

山通いに馴染みのないわたしが高山植物と聞いて最初に思い浮かべたのは、地面にへばりついた細かな葉っぱとか、草や木か分からない地味な植物のことだった。そもそも、どうして高山植物は過酷な山の上で生きているのだろう。これらは時に雲よりも高い場所に生息しているのである。本書は高山でひっそりと息づく謎に満ちた植物たちの生態を写真と共に分かりやすく説明していく。

 

「植生は標高に沿っても変化する。標高が上がるにつれて気温は下がるので、木の種類も変わっていく。そしてある標高に達すると、森はなくなる。寒すぎて森ができない標高は森林限界と呼ばれ、そこから上が高山帯だ。鬱蒼とした針葉樹の森を抜けると突然現れる、明るく開放的な世界。そこに生える植物を、私たちは高山植物と総称している。」

 

意外にも高山植物の花はインパクトの強いものが多い。「コケモモ」の若葉は紅葉したような赤色をしているし、高山植物の女王「コマクサ」はパセリのような葉っぱの中から派手なピンク色の反り返った花を立ちあがらせる。「イワウメ」は米粒ほどの小さな葉をぎっしりと地面にへばりつけて、不釣り合いなほど上品な真っ白い花を咲かせる。花の色や形が種間で異なるのは子孫を残すための進化の産物だ。昆虫は色や形や匂いなど種の特徴的な性質を手がかりに花から花へと渡る。それぞれの種が個性的な花を咲かせることで昆虫による種間交雑が起こるのを防ぐのが目的だ。高山環境で生きる木はさらに特徴的だ。

 

「高山植物の場合、木本植物(幹が木化して年輪ができる植物)であっても、幹がすくっと立ち上がって伸びるものはほとんどいない。幹は地表を這い、そこからちょっとだけ枝を立ち上げて葉を密生させたり、場合によっては枝さえも地表を這って、葉っぱが直接地面を覆ったりするような構造を持った植物も多い。だから一見すると、私たちが普段イメージする木とは似ても似つかない形状となる。」

 

高山植物はまた、長生きでもある。気温が低く生育シーズンが短い高山では、植物の成長は緩やかになる。成長の早い草本植物でも芽生えから花を咲かせるまで5年から10年ほどかかるというから驚きだ。

 

高山植物の生態にはまだまだ謎が多い。名前も姿も知らずにいた植物が、自分が足を踏み入れたことのない場所でこれほどの営みを繰り返してきたという事実に、ちょっと感動してしまった。

 

 

『日本の高山植物』
工藤岳/著

馬場紀衣(ばばいおり)

馬場紀衣(ばばいおり)

文筆家。ライター。東京都出身。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。国内外の大学で哲学、心理学、宗教学といった学問を横断し、帰国。現在は、本やアートを題材にしたコラムやレビューを執筆している。舞踊、演劇、すべての身体表現を愛するライターでもある。
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