江戸時代の楽しさが存分に楽しめる!|大島真寿美さん新刊『結 妹背山婦女庭訓 波模様』
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2021/09/11

撮影/文藝春秋

 

第161回直木賞と第7回高校生直木賞の両方を受賞し、史上初の快挙を成し遂げた大島真寿美さん。待望の受賞第一作は巧みな人物描写と躍動感あふれる語りに魅了される一冊。

 

「江戸時代の大坂へ旅行に出かけ、見聞録を書き上げたような感じです」

 

『結 妹背山婦女庭訓 波模様』
文藝春秋

 

’19年、江戸中期の浄瑠璃作者・近松半二の人生を描いた『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』で第161回直木賞を受賞し、世の本読みたちだけでなく浄瑠璃ファンをも喜ばせた大島真寿美さん。受賞第一作は半二の人形浄瑠璃『妹背山婦女庭訓』に魅せられた人々の悲喜交々(こもごも)を描く群像小説です。

 

「『渦』を書き終えてからも、頭の中から江戸時代が消えてくれなくて本当に困りました。“このまま江戸時代を書き続けるの? 時代小説家になりたいわけじゃないんですけど?”と思ったり(笑)。そのことを編集者に伝えたら“一編だけ書いてみては”と言っていただき、それで松屋平三郎、のちの浮世絵師・耳鳥斎(にちょうさい)を主人公にした『水や空』を書きました」

 

ところが、大島さんの頭の中の江戸は消えるどころか、ますますきらびやかに輝き続けます。

 

「それで“江戸が消えないのでこのまま書き続けます”と(笑)。『渦』を書いていたときから、耳鳥斎や半二の門人で歌舞伎作者に転じた近松徳蔵、一度は引退したものの道頓堀に戻ってきた浄瑠璃作者の菅専助など、半二と同時代を生きていた人たちの資料を集めていました。当時の大坂にはこういう人たちが蠢いていたんだと思うとワクワクしてしまって……。しっかり構成を考えて書き上げていったわけではなく、耳鳥斎の話を書き上げたら次はこの人、と近松徳蔵についての第一文ができあがっていて、知らないうちに書いていた、という感じでした。“この人はどんな人?”と思いながら一文を書くと、また次の文が浮かんでくる。そうやって書けば書くほど、その人物の姿形や人となりがはっきりと見えてきました。自分でもなぜそうなっていったのか、全くわかりません(笑)」

 

継ぐべき家業があるにもかかわらず、全てをなげうって人形浄瑠璃の虜になっていく登場人物たちを結ぶのは半二の娘、おきみです。

 

「半二に娘がいることはわかっているのですが、詳細はわかっていません。『伊賀越道中双六』(いがごえどうちゅうすごろく)を半二と書いた近松加作という浄瑠璃作者も誰だかわかっていないんです。おきみ自体はフィクションですが、彼女が加作だと考えると辻褄が合いました。私の脳内的には事実なので嘘は書いていません(笑)」

 

執筆時を思い出しては破顔一笑する大島さん。

 

「だって、本当に楽しかったんですもん。頭の中に江戸時代の大坂道頓堀があって、そこでは浄瑠璃や歌舞伎が上演されていて、いろいろな人々が集まって文化が醸成されていっているんです。江戸時代に旅行に行ってきた気分で、見聞録を書き上げた感じですね」

 

とはいえ、「江戸時代は楽しいけれど、いつまでも頭に残っていたので大変だった」と本音も。

 

「この作品を書き終えたら脳内の江戸時代が成仏してくれました。ホントによかった。これで違う小説が書けます(笑)。でも、書き終えたら急に消えたって、一体どういうことなんでしょう? 理由がわかる方、ぜひ教えてください」

 

大島さんの歓びが活字と活字の間から立ち上り、読み手を幸せな気分にさせてくれる究極のエンタメ。前作を読んでいなくても一気呵成に読めます。文楽『妹背山婦女庭訓』と併せて、ぜひ。

 

PROFILE
おおしま・ますみ●’62年、愛知県生まれ。’92年「春の手品師」で第74回文學界新人賞、’11年刊行の『ピエタ』で第9回本屋大賞第3位、’19年『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』で第161回直木賞を受賞。ほかに『あなたの本当の人生は』『ビターシュガー』など作品多数。

 

聞き手/品川裕香
しながわゆか●フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より本欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。

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