公衆衛生医師が記したCOVID-19・緊迫の裏話|関なおみ『保健所の「コロナ戦記」TOKYO2020‐2021』
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ryomiyagi

2022/05/06

『保健所の「コロナ戦記」TOKYO2020‐2021』
関なおみ/著

 

 

人類とウィルスの付き合いは長い。14世紀に流行したペスト、17 世紀から18世紀にかけての天然痘、結核やコレラなど人は感染症と戦いながら暮らしてきた。そして2020年、中国のある地域で発生した原因不明の肺炎は、あっという間に全世界へと拡大していった。

 

本書は、自らを「活字中毒者」と呼ぶ公衆衛生医師が未曽有の事態のなかで経験したことをつぶさに記録した一冊。保健所と東京都庁の感染症対策部門の課長として新型コロナウイルス対策の第一線に立ち、指揮を執りつづけた著者はなにを目撃し、なにを考えたのか。逼迫した保健所の張り詰めた空気が伝わってくる。

 

新型コロナウイルスの感染が急拡大したことで、対応にあたっていた保健所が機能不全に陥ったことは、深刻な課題として浮き彫りになった。そもそも保健所の仕事は、母子保健や健康問題に関わる助成事業の窓口を設けた「健康づくり系」と、取り締まり行政の側面をもつ「健康危機管理系」の大きく2種類に分けられる。そのうえで、感染症を担当する部署にいる職員の数は、そう多くないというのが保健所の現状だ。

 

「(東京都の場合)区全体でかき集めても公衆衛生医師は1、2名、多くて3名程度であり、保健師も人口規模によるが、20~50人程度である。保健所内の母子健康や精神保健、保険企画を担当している部署から応援を依頼しても限りがある。区役所内の職員健康管理部門や高齢部門、障害部門などに配属されている保険師を呼び集めても、足りない。事務職についても、どこの部署から何人という話を職員課と相談しなければならない。」

 

必要人員が集まったとしても、席や電話の不足やマニュアルがないこと、教える人がいないといった別の問題があった。業務のなかでもっとも人手を取られたのが「電話」だ。当初は保険師が電話相談や患者対応、疫学調査をしていたが、患者が急増すると医療機関とのやりとりに支障がでてきた。状況はさらに厳しさを増していく。

 

人員問題を解決する手段として、退職した保健師たちに戻ってきてもらうことも検討された。しかしそれでも足りない。アルバイトの看護師を雇うことも考えられたが、勤務時間に課題があった。応援派遣の申し入れは助かるが、即戦力には難しい。こうした状況にくわえて、保健所では陽性者が特定されないように気を遣わなければならなかった。マスコミからの追求とバッシングが激しくなるなか、保健師は傷つけられた陽性者の姿を目の当たりにしていたからだ。

 

保健所と病院の業務分担、多職種の連携システム、合理的かつ理論的な方策の実施、次の新たな感染症への備えなど残された課題は多い。個々人が賢明な判断ができるようになることも必要だろう。一方で、感染症の流行をきっかけに保健所は「絶対に自分たちの手でやらなければならないことと民間委託できること、医療専門職でなければできないことと事務職でもできること、などの区別ができるようになった」という。

 

戦争状態にあった東京で保健所が何をしていたのかを具体的に知る人はそう多くないだろう。それくらい保健所は表舞台に出てこない存在だったのだ。「地味で淡々とした組織であり続けることが、平和の象徴だったのだ」あとがきに綴られた著者の言葉には、祈りがこめられている。

 

『保健所の「コロナ戦記」TOKYO2020‐2021』
関なおみ/著

馬場紀衣(ばばいおり)

馬場紀衣(ばばいおり)

文筆家。ライター。東京都出身。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。国内外の大学で哲学、心理学、宗教学といった学問を横断し、帰国。現在は、本やアートを題材にしたコラムやレビューを執筆している。舞踊、演劇、すべての身体表現を愛するライターでもある。
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