女性ソムリエは客の“妻”に微笑みかける? 驚くべきソムリエの世界#3
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「朝露に濡れた庭の匂い」、「昼間のような明るさ」など独特の語彙を駆使し、神業とも言える味覚・嗅覚を発揮し、レストランでは巧みな会話と優雅な振る舞いでお客を満足させるソムリエたち――当初ワインにはまったく素人だったジャーナリストが、ソムリエの世界に飛び込んでその驚くべきオタクぶりの実態に迫り、自らも資格取得を目指して修業した経験を綴ったノンフィクション『熱狂のソムリエを追え!』。
ニューヨーク・タイムズ・ベストセラーとなった本書から、いくつかのエピソードを抜粋、再構成してご紹介します。

 

 

ごく短時間で多くの情報を集めなければならないとしたら、客をパターン化しているのかと〈マレア〉で働くヴィクトリア先輩に訊いた。

 

「もちろん」と彼女は答えた。一つのテーブルに視線を置くやいなや、客を値踏みにかかる。四十六番テーブルは日本人男性グループ。アジア人客はふつうお湯とレモンで食事を始める。だから少なくとも酸の多いワインを勧める。さもないと味が平板になってしまう。二十七番テーブルは全員がほぼスーツ姿の男性だから、ビジネスディナーだと思われる。となるとボトル一本、最高で二〇〇ドル止まりか、「市場が好況なので数千ドルを遣っても構わないと思っている」かだ。バンケットシートのカップルと、センターテーブルの若いカップルはデートだろう。とすると失敗しない平凡なワインをオーダーするだろう。二十二番テーブルのタートルネック姿の昔からの資産家は高級ワインを望むと思われる。九番テーブルの客は自己顕示欲が強そうだ。彼らは「新興成金だから」とヴィクトリア。「私に印象付けるためにね」

 

「うちにはニューリッチの客がたくさん来る。スウェットパンツ姿で来店した一家が一本三〇〇〇ドルのワインをオーダーしたりするの」と同僚のリズ。「だから必ずしも客をステレオタイプで判断すべきじゃないと思う。だってバーにいるあの女性。シャネルを着て、巨石大の指輪をしていて、こうなんだから……」

 

ウエイターのジョージがヒップを突き出して、鼻にかかった高い裏声でこう言った。「パイナップルジューーースはある?」

 

「そう! そういう感じ、『ブロセッコはどこ?』。するとあなたはこう言いたくなる、『よしてよ。あんたはもっとましなものを買えるでしょ』」

 

ヴィクトリアのように若く魅力的なソムリエールにとり、妻たちは地雷だ。ソムリエールになったとき、支配人から妻連中に注意するように彼女は警告された。もちろん、妻という存在は問題だ。〈マレア〉の姉妹店でアッパー・イースト・サイドにあるイタリアンレストラン〈モリーニ〉で彼女が働いていたとき、ある女性がヴィクトリアにたいして夫を誘惑しているとあらぬ疑いをかけ、ネットにあげて店の評判をおとしめた。いま、ヴィクトリアはいつもその妻に微笑むようにしているという。何を飲みたいかとわざわざ彼女に訊ねる。ワインを味見したいかどうかも訊く。「シャツがずりさがっていないように、シャツを引き上げてからね」

 

リズも全面的に同意した。「とくにもしカップルだったら、つねにまず妻にアプローチして微笑みかけるの。『こんばんは、いらっしゃいませ』そうすると彼女は『大金をふんだくるために私の夫を誘惑しようとしているこのあばずれはだれ?』にはならない」

 

いっぽう、男性客はヴィクトリアを歓迎一色で受け入れる。彼女もそれをとことん利用する。「男性客のテーブルに行く、つまり向こうはあなたを性的対象と考えていることを見越したうえでね」彼女は明かした。「もし若い男性のテーブルに行ったら、連中は聞き耳をたてる。あなたはなんでも好きなことを言っていい。彼らはあなたの言葉に興味津々なの。たぶんあなたと寝たがっているか、あなたと調子を合わせたいかね」

 

最終的にもっとも重要なのは、客が望んでいることを会話からつかむこと、そしてそれに沿ったワインを届けること。例の年配のカップルは自分たちジェットセット族のライフスタイルを称賛してくれる聞き手を求めていた。男たちはしばしば単純な崇拝を求めている。

 

「たとえば辛辣に聞こえるけど、男たちは認められたがっているから」彼女は言った。「エゴを少々撫でてやるの。このボトルを選ばれるなんてさすがですね。すばらしい味覚をお持ちです。おめでとうございます。あなたは特大のイチモツをお持ちなのですね。このワインは偉大なボトルですよ」

 

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熱狂のソムリエを追え!

熱狂のソムリエを追え!ワインにとりつかれた人々との冒険

ビアンカ・ボスカー/小西敦子訳

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