2019/07/17
高井浩章 経済記者
『父が娘に語る経済の美しく、深く、とんでもなくわかりやすい経済の話』ダイヤモンド社
ヤニス・バルファキス/著 関美和/翻訳
原題は”Talking To My Daughter About Economy”。昨今の経済・ビジネス書の常で、邦題はいささか冗長だが、タイトル通り、父から娘への語りかけというスタイルでつづられたこの本は、いくつかの理由で類書とは一味違う魅力を放っている。
理由の1つは、書き手が数年前のギリシャ危機の最中に財務大臣を務めたエコノミストであること。もう1つは、経済の入門書ではなく、「経済学の解説書とは正反対のものにしたい」という意図で書かれていることだ。邦題に「美しく、深く」と補足したのは、後者を強調する狙いがあったのだろう。
著者のヤニス・バルファキスについては、「革ジャン姿でハーレーに乗ったあの謎の財務大臣」と聞けば思いだす方もいるかもしれない。財政破綻したギリシャの国難にあって、欧州連合(EU)や国際通貨基金(IMF)との交渉の矢面に立ち、大胆な債務帳消しを要求して注目された異色の人物。本書は英米豪などで教鞭をとった経済学者である著者が、「いつもの『まじめ』な本」とは違って母語であるギリシャ語で、脚注や参考文献といった「作法」も気にせず、離れて暮らす娘へのメッセージとして書いたものだ。
「若い人たちにわかる言葉で経済を説明できなれば教師として失格」という信念を持つ著者が振り返る経済講座は、時代と地域を自在に飛びまわりながらも、「今の市場経済の失敗はなぜ起きたのか」というテーマから焦点を外さない。ペダンチックに響きがちな古典などからの引用、比喩も自然で深みのある読み味につながっていて、同じ書き手としては、正直、「ギリシャ人がこれをやるのは、ずるい」と嫉妬すら感じる。
「経済モデルが科学的になればなるほど、目の前にあるリアルな経済から離れていく」と主張する著者の解説は、わかりやすく、興味深いものではあるが、入門書としてはややトリッキーなものでもある。これは著者の意図したところ、「経済を経済学者に任せておいてはいけない」という考えに基づくもので、エピローグの「経済学は『公式のある神学』」という項は、「モデルのためのモデル」に頼る凡百のエコノミストへの強烈な批判になっている。
著者の主張が、拙著「おカネの教室」で展開した私自身の経済観に近いこともあり、心地よく、知的興奮のある読書となった。まなざしの深さでは、J・K・ガルブレイスを彷彿とさせるものがある。経済について違った視点を得るために有益な一書だ。
『父が娘に語る経済の美しく、深く、とんでもなくわかりやすい経済の話』ダイヤモンド社
ヤニス・バルファキス/著 関美和/翻訳