2019/11/01
田崎健太 ノンフィクション作家
『LONDON RHAPSODY』リットーミュージック
トシ矢嶋/著
この夏、格闘技、あるいは山岳写真で知られる井賀孝さん、「HOME」という中国の客家族を撮った写真集を上梓した中村治さんと立て続けにトークライブを行った。どちらもぼくにとって刺激になった。
写真家から写真について話を聞くのは本当に面白い。いい写真家はみんなそれぞれ流儀を持っているからだ。
そんな風に思うようになったのは、写真家の横木安良夫さんと仕事をしてから、かもしれない。
出版社で働いているとき、ぼくはしばしば編集部を抜け出して、神保町の古本屋に入り浸りになっていた。ずっと欲しかった篠山紀信さんの「オレレ・オララ」というリオのカーニバルを題材にした写真集を手に入れたのはそんなときだった。
そんなことを横木さんに伝えると、このとき、アシスタントだった十文字美信さんが、フリーになることを考えていて、心こころにあらず、だったらしいと笑った。
「日本から持っていったストロボを盗まれてしまった。そこで現地でストロボを調達したんだけれど、思い切り露出を間違えた。後からそに気がついた篠山さんは、可能な限り増感という指示を出して現像させた。それが面白い色になって、あの写真集になったんだ」
横木さんは十文字さんの後のアシスタントである。
ざらざらした肌触りの紙質、不思議な色によって、カーニバルはおとぎ話の中の世界のように映っていた。偶然完全である――。
それはさておき。
この写真集「ロンドン・ラプソディ」を知ったのは、日曜日夜にオンエアーされているピーターバラカンの「バラカンビート」だった(ぼくは中学生時代からバラカンさんの番組の愛聴者である)。
この番組に写真家のトシ矢嶋がゲストに来たのだ。恥ずかしながら、彼の名前は知らなかった。しかし、話が滅法面白い(変わり者、ヴァンモリソンの話が最高だった。たぶん矢嶋自身も変人なのだろう)。
ミュージシャンの取材は、来日、あるいは曲の発売の直後にまとめて行われる。彼ら、彼女たちは、毎回同じ質問をされることに飽きている。それに対してどうするのか、という話になった。
すると彼は、曲の詳細はプレスリリースを読む、あるいはレコード会社の担当に聞けば分かる。そのため、全く違う質問から始めるのだと彼は言った。例えば、今朝食べたものとか、そんな類いだ。そうした繰り返しで、矢嶋はミュージシャンの信頼を勝ち取っていったという。
なるほどと頷いた。
ぼくも週刊誌編集部にいた頃、ミュージシャンに取材をしている。そのとき、手こずった人が何人もいた(その最たる人間が、故・忌野清志郎だ!)。
このトシ矢嶋という写真家がどんな写真を撮るのだろうと興味を持って、すぐに写真集を買ってみた――。
かつてのロック少年にとってはたまらない内容である。
セックス・ピストルズ、ザ・ジャム、ケイト・ブッシュ、ブライアン・セッザー、ピーター・トッシュ、ポリス、ジャパン――あるいはビル・ブラフォードの緑色のBMW(元々の所有者はジョージ・ハリソン!)やジェフ・ベックのホットロッド!
そして最もぼくが敬愛するミュージシャン、ジョーストラマー。
「ロンドン・コーリング」のデモ・テープを作成しているときに、矢嶋はザ・クラッシュの面々と会ったという。羨ましい!
ぼくにとって、この本は、猫にマタタビ、あるいは鰹節。猫まっしぐらである――。
そして、こんな写真を撮った彼にいつか、話を聞いてみたいと思った。
『LONDON RHAPSODY』リットーミュージック
トシ矢嶋/著