2020/10/08
小説宝石
『陽眠る』角川春樹事務所
上田秀人/著
上田秀人の最新作は、ある船が見守る幕府の男たちの物語である。
その船とは開陽丸。排水量二千五百九十トン、全長七十二・八メートル、最大幅十三・〇四メートル、四百馬力蒸気機関、最大速力十ノット、十八門のクルップ砲を含め、二十六門の大砲を備える、オランダで造船された東洋最強の船である。
この一巻は、六つのエピソードを開陽丸を絡めて描いているが、巻頭の「無念の海」は、鳥羽・伏見の戦いを経て、江戸へ遁走する徳川慶喜を乗せるハメになり、次なる「交渉の海」では、勝海舟が官軍との交渉を熟考する中、澤太郎左衛門が、一度も戦艦として活躍していない開陽のことを嘆く。
前半で圧倒的存在感をもって描かれるのは、開陽には乗らないが、開陽を買いつけたとき、海軍奉行だった勝で、時として二股膏薬として幕臣にも命を狙われながら、交渉役を山岡鉄舟に当てるなど、人の器をとことん見極める存在として描かれており、さらに榎本釜次郎に対して、その山岡のことを「至誠天に通ずを地でいっている世渡り下手だ」と説く場面は読んでいて、ニヤリとさせてくれる。
続く「荒れる海」「揺れる海」では、開陽は手負いとなりながらも、蝦夷を目指すことを決意。そして全体の挽歌となる「失意の海」「儚き海」では、奥羽越列藩同盟は崩壊。開陽は、箱館を奪うが……。
本書は幕府海軍史から見た佐幕派激闘史として、これまでにないスケールを打ち出し、その一方で、開陽をあたかも血の流れている人間のごとく深い愛情をもって描いた出色の一巻となっている。
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『襲大鳳(上)』祥伝社文庫
今村翔吾/著
作者のパワーにたまらないほどの興奮
いまや時代小説ファンなら知らぬ者とてない〈羽州ぼろ鳶組〉第十一弾は、初の上下巻となった。
読んでいない人はいないと思うが、一応、その可能性もあるということで秘して記すが、物語は十八年前、尾張藩邸を襲った大火の再現、さらには、父の死の真相などをはらみ、源吾はその中で相次ぐ炎と戦わねばならなくなる。読んでいると作者のパワーがページから伝わってきて、たまらないほどの興奮に見舞われる。ラストでは源吾は男泣きに暮れるが、その彼が逆襲に転じるであろう下巻(十月刊)が待てない。
『陽眠る』角川春樹事務所
上田秀人/著