芳香も悪臭だって愛おしい。「におい」がもたらす人や記憶とのつながり

馬場紀衣 文筆家・ライター

『アノスミア わたしが嗅覚を失ってからとり戻すまでの物語』勁草書房
モリー・バーンバウム/著 ニキリンコ/訳

 

 

一流シェフを夢見てレストランで修行中のモリーは、ある日、交通事故ですべての「におい」を失ってしまう。においのない世界の住人になったモリーには、肉や魚のにおいはおろか、ニンニクやハーブ、炒めたキノコの香りも届かない。バタースカッチのアイスクリームやサワーミルクのパンナコッタの甘さも、バターのようになめらかなウサギ肉のソーセージも、かつては幸せをもたらしてくれた太陽のようなフリタータから立ちのぼる食欲を刺激する香りも、すべて消えてしまった。ついこの間まで身を焼きつくすほど情熱を傾けていた食べ物が、今では味のない食感の塊でしかない。アイスクリームは冷たい泥になり、カフェラテはただの熱い液体にすぎない。何十種類もあるお茶も、それぞれの特徴ある香りがなければすべて同じお湯でしかない。

 

においを感じる能力がない「アノスミア(嗅覚脱失)」は、身近な障害だ。スウェーデンでは20歳から90歳までの19.1%になんらかの嗅覚の不具合があり、5.8%は完全なアノスミアだとの結果も報告されている。

 

モリーが言うには、ヒトの受容体はおよそ350種類あるらしい。左右の鼻腔にあるこれらの受容体は届いた小さなにおいの分子と結合すると、その情報を化学的な信号に変換して脳へ送り出す。ヒトの鼻には、この働きをする神経細胞が600万個から800万個あるとされ、脳がそれらを組み合わせることで、ひとつのにおいとして解釈するらしい。においのパターンは、とても複雑なのだ。

 

においがなければ、なんにもならない。においを失ったモリーは次第に食べることを恐れるようになっていく。食べ物を口にする度に、自分がどれほど大切な感覚を失ったか痛感するからだ。それでも、生きるためには食べないわけにはいかない。シェフを目指していたモリーにとって、においを失ったということは、人生の目的を失ったのと同じことだった。

 

本書の読みどころは、モリーのたどった軌跡がそのまま彼女の大胆な感情世界を紐解いていくことだ。においの失われた世界に向き合ったとき、モリーのなかで変化が生まれる。同じ障害に悩む人との出会い、イギリスの神経学者オリバー・サックスとの会話、ベン&ジェリーズ・アイスクリームの創業者で自身もアノスミアであるベン・コーエンとの交流。モリーは恋人がコロンをつけていたことさえ知らなかった。においは他者とかかわる方法のひとつだと学んだモリーは、その事実に涙ぐむ。

 

本書を読んでなによりも印象的なのは、著者がアノスミアという障害について深く学ぼうとするその姿勢だ。モリーは厳しい運命にどこまでも抵抗し、ふたたび香りを取りもどそうと駆け回る。その勇ましさと格好良さに、本書を読み終えた後にはすっかり彼女のファンになっているはずだ。なぜって、彼女はふたたび台所に立つまでに自分を取りもどしてみせるのだから。

 


『アノスミア わたしが嗅覚を失ってからとり戻すまでの物語』勁草書房
モリー・バーンバウム/著 ニキリンコ/訳

この記事を書いた人

馬場紀衣

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文筆家・ライター

東京都出身。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。国内外の大学で哲学、心理学、宗教学といった学問を横断し、帰国。現在は、本やアートを題材にしたコラムやレビューを執筆している。舞踊、演劇、すべての身体表現を愛するライターでもある。

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