2022/08/18
馬場紀衣 文筆家・ライター
『ハンズ 手の精神史』左右社
ダリアン リーダー/著者 松本卓也/翻訳 牧瀬英幹/翻訳
インターネット、スマートフォン、PC…デジタル時代は、世界を以前とまるで違う場所にした。本書によれば、新時代は「人間が自分の手を使って行うこと」にも変化をもたらしたという。ある書店のオーナーによれば、現代の若者は紙のページをめくる際にもスクロールの動作を行うことがあるらしい。アップル社は2007年と2008年に、ある手ぶりの特許を申請している。スクロールとピンチインの動作だ。
人間はつねに手を使っている。料理をしたり、ネットサーフィンをしたり、メールを返したり。朝から晩まで私たちの指と手首は稼働しっぱなしだ。手の使い方が変化したことで、問題が生じるなんて誰が想像できただろう。医師によれば、これまで存在しなかった新たな動きの結果として、近年、手の障害が大幅に増加しているという。
身体をもつ存在としての人間の「手」の核心に迫った本書は、映画や文学などを取り上げつつ、手の果たしてきた文化的機能について考察を重ねた一冊。この本を読めば、人間が絶え間なく手を動かす理由が単に暇つぶしや気まぐれではないことが分かるはずだ。
新生児は起きているとき、自分の顔や体に触れていることが多いという。興味深いのは、特に口に触れている時間が長いということ。乳児の手でつかまれた物(対象)は口に運ばれ、まずテストされる。赤ん坊は子宮の中ですら、せわしなく手や指を動かしている。広げたり、丸めたり、曲げたり伸ばしたり。あるいは口へと引き寄せられての親指のおしゃぶりなど。「人生における最初の一年間、手は、口によって支配されている状態から自らを解放しなければならない」のである。この過程を経て、赤ん坊は自律を手に入れることができるのだという。
「『自律』という概念は、たいていは子どもが母親から分離するという文脈で論じられ、後の段階では、世界のなかに自分の居場所を見つけようとする青年期の闘争を意味する文脈で論じられる。しかし、自由を得るための最初の戦いは、これら二つの時期よりもずっと前に、手と口のあいだで繰り広げられている。」
赤ん坊のこうした動きは、手と口が密接に関連していることも教えてくれる。たとえば看護師は、乳児の口が両方の手のひらに圧力をかけると開くことを利用してミルクを飲もうとしない乳児の手のひらを刺激する。また、母親の指を握り締めてリズミカルに開閉する小さな手は、舌の動きとも相関しているそうだ。手の収縮は口の吸う動きに呼応して起こるからである。
私の経験では、自分の手について自覚的な人はそれほど多くない。それでも、本書を読み終えたあと、読者は自分と手との関係が変化したことに気づくはず。
『ハンズ 手の精神史』左右社
ダリアン・リーダー/著者 松本卓也/翻訳 牧瀬英幹/翻訳