三浦天紗子が読む『フィールダー』誰もが当事者(フイールダー)として生きよ

小説宝石 

『フィールダー』集英社
古谷田奈月/著

 

大手の総合出版社『立象社』で、人権に関わる社会問題を多く扱う『立象スコープ』編集部に所属している橘泰介。ある日、彼が長く担当を務める児童福祉の専門家・黒岩文子に〈子どもに触った〉という黒い噂が立つ。しかし橘は真相は違うと信じた。噂のもとになったのは、黒岩を慕って彼女の家に出入りするようになった十歳の少女・暁との関係だ。もともとは、夫で愛猫家の絵本作家・宮田ともネグレクト疑惑を話し合っていたが、特に黒岩は暁を救う方法を必死に模索していた。ところが、同社のインテリア誌『ロワジール』の〈猫のいる暮らし〉特集で取材班が夫婦の家を訪問していたときに、宮田は黒岩と暁の様子を目撃、黒岩をとがめる。黒岩が釈明もなく消息を絶ったことで、同出版社の週刊誌『週刊立象』に所属し、橘と同期の百瀬が、スクープのための取材を始める。それぞれの立場や信念を抱えて行動する過程で、共闘や対立や新たな人権問題が起きる。

 

また、橘はプライベートでは四人がチームとなって戦うスマホゲーム〈リンドグランド〉に熱中。そのリーダー格、通称〈隊長〉の素性と驚くべき状況を知り、彼のいたいけさに橘は揺さぶられる。ゲームの中で橘はヒーラーという癒しやサポートの役割なのだが、殴って相手の能力を引き出す風変わりな設定になっており、ゲームとリアルが互いに侵食する構図が、ラストで大きく生きてくる。矛盾に満ちた昨今の日本社会のありようをまざまざと映し出す鏡として、立象社やリングラは登場する。いちばんのキーワードは「かわいい」だ。たとえば猫や子どものような弱い存在をかわいいと思うことや保護することは、本当に一点の曇りもない「善」なのか。誰もが疑うことのなかった問いを、読者に突きつける。

 

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『最善の人生』
イム・ソルア/著  古川綾子/訳

 

家出少女を待ち受ける、さらなる悪夢

 

裕福な家の子が多く通う進学校〈チョンミン中学校〉で出会った、カンイ、アラム、ソヨン。三人は申し合わせて家出し、ソウルへ。しかし、待っていたのは、路上生活や風俗などのアルバイトで食いつなぐ日々と、男たちからの容赦のない暴力。カンイたちは搾取してくる大人たちを利用して精一杯「最善」を選ぼうとするのだが、空回りして「最悪」を引き寄せる。子どもたちを庇護することもなく、自分たちの都合のために現状に安住し続ける大人たちと真っ向から闘う彼女たちの傷は生々しく、だからこそ胸を突く。

 

『フィールダー』集英社
古谷田奈月/著

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伝統のミステリーをはじめ、現代小説、時代小説、さらには官能小説まで、さまざまなジャンルの小説やエッセイをお届けしています。「本がすき。」のコーナーでは光文社の新刊を中心に、インタビュー、エッセイ、書評などを掲載。読書ガイドとしてもぜひお読みください。(※一部書評記事を、当サイトでも特別掲載いたします)

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