2018/09/25
古市憲寿 社会学者
雨宮紫苑/著
海外を褒めて日本を腐す。よくそんな主張を目にする。確かに部分的には正しいのだろう。たとえば保育園の整備状況など、子どもの育てやすさを考えれば、日本よりもフランスや北欧のほうが進んでいるように思える。
しかし、国まるごと、あらゆる仕組みが、日本よりも素晴らしいなんてことはあるだろうか。それぞれの国は、何らかの理由があって文化やら慣習やらを積み重ねてきた。つまり、一見すると理不尽な仕組みにも、きっと何らかの合理性があるはずなのだ。
『日本人とドイツ人』はタイトル通り、日本とドイツを比べた本。面白いのは、基本スタンスが「どっちもどっち」という点だ。ドイツに移住した雨宮紫苑さん(26歳)が、若い目線で、ドイツの優れている点、残念な点を日本と比べていく。
ドイツは労働環境が優れていると言及されることがある。
実際、日本よりも労働時間に対する考え方が柔軟で、長い休暇を楽しむ人が多いのも事実のようだ。しかし労働者が権利を主張する分、そのツケは消費者に回ってくる。
特に多くの人がバカンスを取る8月は、社会全体が停滞してしまうという。
たとえば銀行なども基本は担当制。とにかく窓口に行けば誰かが対応してくれる日本と違い、メールや電話での予約が必須。だからその担当者が長いバカンスを取ってしまったら、手続きが滞る。そんな時でも、担当者以外は「自分の仕事じゃないから」と他人事を決め込むという。
消費者としてはたまったものではないが、労働者にとっては合理的な仕組みである。自分の担当がはっきりしているので、いちいち上司に確認をとる必要もないし、仕事量もコントロールできる。
日本は「消費者にとっては天国、労働者にとっては地獄」と言われる。比喩的に考えれば、ドイツはその真逆だ。日曜日に閉まるお店は多いし、24時間営業のコンビニも少ない。ゲームセンターや漫画喫茶もなく、夜通し遊べる場所はほとんどない。
ドイツと日本、どっちがいいかと聞かれたら、なかなか難しい。
当たり前だが、完全無欠な制度や文化などない。もしそのようなものがあれば、世界中が輸入して、普遍的な仕組みになっているはずだ。人類はそれくらいには賢い。つまり、いくら他国から褒められようと、それが世界的に広がっていないのは、何らかのデメリットがあるから。硬直した「ジョブ型」雇用の弊害や、アビトゥーア(大学へ進学するための高卒資格試験)の問題点など、なるほどと思った。
もちろん日本も完璧ではない。本書では、最近よく見る「日本すごい」論にも批判の目が向けられる。たとえばクールジャパンの代表格とされるアニメにしても、ドイツでは市民権を獲得しているとは言いがたい。アニメ好きを公言するのは恥ずかしいことであり、白い目で見られることも多いという。
こんな風に、身近な例を交えながら、最後までさくさく読める好著である。
『日本人とドイツ人』新潮新書
雨宮紫苑/著