2018/10/01
田崎健太 ノンフィクション作家
『よい謝罪』日経BP社
竹中功/著
週刊誌をひっくり返すと後ろに小さく電話番号が入っている。これは〈代表番号〉と呼ばれる。
編集部に配属された新入社員の仕事は、この番号に掛かってきた電話に出ることだ。ぼくも週刊誌で働いていたとき、その役割を与えられた。そこで週刊誌の読者というものを知ることになった。鋭く記事を読んでいる人もいれば、全く関係ない話を延々と続ける人間もいた。
自分が記事を作るようになってからは、〈代表番号〉から担当記事の抗議を受けるようになった。プロ野球選手の普段着の“ファッションチェック”をしたときは、洋品店の店主から「うちで売っているものを馬鹿にするな」と猛烈な勢いで抗議を受けた。一時間ほど話すと、仲良くなってしまい、「まあ、あんたの立場も分かった。頑張れ」と励まされたものだ。
昨今のテレビCM事情というワイド記事を作り、所属事務所から「うちのタレントの契約金はそんなに低くない」と連絡が入ったこともある。他の企業とは安く契約しているのではないかと契約している企業から勘ぐられるとえらく立腹だった。そのときはすぐに事務所に伺って謝罪した。それからは何かあると“情報”を教えてもらうようになった。
こんな風に週刊誌編集部で働く人間にとって、謝罪は大切な仕事の一つである。だからこそ、吉本興業で“謝罪”を担当していた竹中功の著書『よい謝罪』は興味深いものだった。
1959年生まれの竹中は、同志社大学を卒業後、吉本興業に入社。吉本興業の謝罪会見を取り仕切ってきた男である。
〈加害者自身は謝罪しているつもりなのに、被害者がなかなか怒りを静めてくれないときは、謝罪がどこか逃げ腰で「他人事」になっていないか、振り返ってみた方がいい。(中略)被害者の気持ちを「自分事」として捉えるときには「自分が被害者と同じ状況になった場合、どこまでどんな謝罪をされれば、加害者を許してもいいと思えるか」を考えよう。加害者になるとどうしても「謝り方」にばかり気持ちが集中してしまうが、被害者の「許し方」を探っていくことも重要なのである〉(『よい謝罪』)
竹中の新著『最高の共感力』は、さらに踏み込み、謝罪の根底には、相手の気持ちを理解する「共感力」が必要だと説く。
とはいえ、竹中の論法は堅苦しくない。
例えば、竹中と古い付き合いのダウンタウンの松本人志が「ダウンタウンのごっつええ感じ」で演じていた〈四万十川料理学校のキャシィ塚本先生〉。この元ネタとなったスナックのママの話を例にとり共感力の前提となる「観察力」を説明するのだ。
また、吉本興業の強さの秘密にもさらりと触れている。
あまり知られていないことではあるが、吉本興行は専属契約をほとんど結んでいない。そのため、どこまで吉本興業の芸人なのかという境界は曖昧だ(芸人の側もそれを利用して“内職”に励んできた歴史がある)。
吉本興業本体と芸人を結びつけているのは“劇場”の存在だ。緩やかに集められた芸人たちは劇場で場数を踏み、鍛えられる。その篩いから残った芸人だけが生き残るのだ。
基準は一つ、観客に受けるかどうか、だ。劇場の楽屋にはスピーカーが設置されており、舞台上の他の芸人の様子を聞くことが出来るという。
〈出番を控えている者はそのネタの内容などを聞きながら、今日の観客の笑いのツボを探している。(中略)そこではどんなネタをしているか、どこが受けているか、またどこがスベっているかをじっと見て聞いている。自分の前の出番の芸人が昨日までの舞台とは「ネタのここを変えてきたな」なども感じながら、観客の笑うツボを探すのである〉
こちらもオススメ
『最高の共感力』日本実業出版社
竹中功/著
これも観察力であり共感力である。
こんな風に日々、切磋琢磨している芸人はしたたかで逞しい。その芸人たちを見つめてきた竹中もやはりオモロイ男である。
『よい謝罪』日経BP社
竹中功/著