加害者の家族は被害者なのか? 社会的「不可視の存在」を描く『加害者家族』

藤井誠二 ノンフィクションライター

『加害者家族』(幻冬舎新書)
鈴木伸元/著

 

 

『黙秘の壁ーー名古屋・漫画喫茶女性従業員はなぜ死んだのか』(潮出版)という事件ノンフィクションを書いた縁でーー取材に匿名で応じてもらったのだがーーひとりの青年と親しくなった。彼の叔父と叔母は拙著で描いた事件の主犯で、夫婦が経営する漫画喫茶で10年以上もはたらいていた女性の命を奪い、山奥深くに埋めた。しかし、死体遺棄では起訴・有罪となったが、傷害致死では嫌疑不十分で不起訴となった。遺体が白骨化していて死因がはっきりと特定できなかったことや、夫妻が黙秘を貫いたことで事実関係がわからなくなったことなどが理由である。青年はその事件以来、「加害者親族」となったのだ。

 

鈴木伸元の『加害者家族』(幻冬舎新書)を読み直している。社会を震撼させた事件の家族がどうなったのか、インターネットで実名や写真が晒され続けること、加害者家族をつるし上げる日本社会の問題、海外の事情など、加害者の家族や親族を取り巻くことになる問題をいちはやく指摘した本書は、この問題について考える基本的な情報と現実がまとめられている。最近は、加害者家族当事者による本の刊行が相次いでいるが、日本社会はこの問題について、対応の途にさえついていない状況である。

 

私は被害当事者や遺族の取材を長年続けてきた。同時に加害者や加害者家族のほうにもアプローチをすることがあったから、悲惨な状況は見聞きしていて、鈴木の指摘は肯綮に当たるものだと思った。いや、私だけでなく犯罪報道に関わる者ならば、加害者家族の問題は少なからず見えていたはずだが、それをあまり伝えようとはしなかったのだと思う。私も積極的には書いてこなかった。

 

もちろん加害者家族ーーたとえば子どもが事件を起こした場合ーーでも、被害者に誠実に向き合おうとしない親権者も少なくない。民事訴訟を被害者に起こされ、法廷では「子どもといっしょに償っていきます」と殊勝にふるまいながら、そのまま遁走して賠償金を支払わず、被害者遺族からの抗議も無視し続けることも多い。そんな加害者家族には同情の余地はないと思っている。

 

しかし、親や兄弟姉妹が犯罪を犯したりするなど、身内に犯罪加害者が「生まれてしまう」と、責任はないのに、加害者当人と同じように敵視され、社会で隠れるように生きていくしかなくなってしまうのは現実だ。中には離散したり、自殺をしてしまう家族もいる。相談できるところは皆無に近い。ごく少数のNPOが地道に相談を受け付ける活動を続けているだけだ。

 

私が出会った青年はじつは、幼いころに、のちに人を殺すことになる叔父と叔母の家にむりやり預けられ、二年間ネグレクトを受けた。そんな叔父と叔母だから、人を殺したと聞いたとき、さもありなんと青年は思ったという。そして、青年は自分を勝手に預けた父親と、叔父叔母に対して憎しみを抱き、叔父叔母が黙秘をして事実をいっさい語らないことに赦しがたい怒りを抱えた。青年は法学にもある程度通じているので、黙秘は権利であることはじゅうぶんにわかっている。しかし、どうしても人倫の問題として受け入れられないでいる。叔父と叔母はたった二年余りの服役で社会に戻ってきていることに耐えられないのだ。だから、私の取材にも積極的に応じて、協力をしてくれた。

 

彼はいま、ブログ等を書くことによって、父親や叔父叔母と闘っている。直に叔父叔母に会いに行って、厳しく問うたこともある。「迷惑をかけてごめんな。だけれど黙秘したから、誰にも本当のことは言えない」とのらりくらりとした対応しかしなかった。青年は余計に怒りを増幅させた。それでも彼は言葉という武器を用いて、父親と叔父叔母に責任を突きつけ続け、自分の人生を前に進めようとしている。家族と決裂することはもちろん厭わない覚悟だ。彼が負った二重の心の傷はそうすることによってしか癒してはいけないからだ。と、同時に青年のように、自分の心を切り刻みながら現実と真正面から向き合えるケースは、きわめて稀であることを私たちは忘れてはならない。

 

加害者家族・親族が置かれる状況は一様ではない。青年は一例にすぎない。親が犯罪を犯して取り残されてしまった子どもは逆に被害者といえる。さきのような子どもの犯したことの責任から逃げる親は被害者への責任を放棄して、加害者的といえる。家族が罪を犯したという現実を受け入れられずただうろたえ続ける者もいる。逆に、罪を犯した身内をかばい、被害者や被害者遺族に対して敵意を剥き出しにする者もいる。

 

しかし、多くのケースでは加害者の家族というだけで世間から白い目で見られ、メディアに追いかけ回され、人間関係や居場所を失って、ふいに降りかかってきた自分の境遇を恨み、さらには自分を追い詰めているのが実態だろう。社会の片隅でひっそりと貝のように口を固く閉ざし、自分は加害者家族・親族であることを隠して生きていく選択しか残されていない彼らは、社会にとって不可視の存在である。まずは同じ境遇になった者同士ーー匿名でいいーーが語り合える「場」をつくっていけないものか。

 

 

『加害者家族』(幻冬舎新書)
鈴木伸元/著

この記事を書いた人

藤井誠二

-fuji-seiji-

ノンフィクションライター

1965年愛知県生まれ。ノンフィクションライター。最近出した著作は『僕たちはなぜ取材するのか』(森達也氏らとの共著、皓星社)、『黙秘の壁 名古屋・漫画喫茶従業員はなぜ死んだのか』(潮出版社)、近刊に『沖縄アンダーグラウンド 売春街を生きた者たち』(講談社)がある。愛知淑徳大学非常勤講師を長年務める。

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