「有楽町ガード近辺の老舗で飲んで食べて」その(2)【第5回】著:鈴木隆祐
鈴木隆祐『東京B級グルメ散歩〜温故知新を食べ歩く〜』

犬も歩けば棒に当たり、人も歩けば名店に出くわす。金さえ出せば、A級の食にはありつけるけれど、歩かなければ、B級のおいしさには気づかない。いざ行かん、東京B級グルメの気ままな旅へ!
――『東京B級グルメ放浪記』『愛しの街場中華』(光文社 知恵の森文庫)の著作がある筆者が、東京の旨くて安くて味のある名店を、散歩を楽しみつつ西へ東へ食べ歩く。食

 

~あくまでステーキの引き立て役に徹する、ねっとりピリ辛普通でベストなカレー:ふくてい 有楽町本店~ 著者:鈴木隆祐

 

自分史上最高の焼きとん

 

好評散歩グルメ、有楽町編の第2回。なにはなくともお江戸のど真ん中、有楽町には食の楽しみあり——ということで、お題は引き続きガード界隈の探訪です。

 

さて、枕では教養をひけらかしちゃうのも恒例。有楽町の地名は信長の実弟、織田有楽斎長益に因むんだそうで、この地にその屋敷があったと言いますな。有楽斎はNHK大河ドラマ『真田丸』で井上順が演じていた人物。関ヶ原の合戦では徳川側に寝返って、有楽ヶ原と呼ばれた一帯の土地を与えられたわけです。

 

意外や、丸井の入っているItociaのサイトにも、バッチリその辺りの由来が記載されていた。ちなみにItociaの所有者は斜向いの東京交通会館。このビルの地下の食堂街については拙著、『東京実用食堂』(日本文芸社)に詳しいのでいずれお読みくだされ。

 

さて、有楽町もガード下には飲み屋が大半。それらも新旧の交代が激しいが、新橋側のけむり横丁では、店名通り惣菜万端おいしく、支払い方法もキャッシュオンと珍しい、「まつ惣」などには今もたまに行く。辺りの焼きとん屋では酒蔵系の「ねのひや金陵」も、トンネル内で向かい合う老舗の「ふじ」も「登運とん」も、漂うサラリーマンのオアシス感はさすがの一言。

 

ただ、ぼくがそれらを眺めながら、絶えず思い出すのは、丸三横丁にあった「銀楽」である。愛想も小想もない店のわりに、ずいぶん若い時分から通った。周辺のどの店より安くて旨かったからだ。最初に訪れたハタチそこそこの時点では、老夫婦と息子が、すぐ爺さまは亡くなり、婆さまと息子(40代の父ちゃん坊やという風情)で営んでいた店だった。

 

息子がビール大瓶の栓をシュポっと空ける手並みが快かった。婆さまが味の素をたっぷりかけて寄越す、自家製のお新香の浸かり具合が絶妙で、脂っこい焼きとんの口直しに格好だった。焼きとんは盛り合わせでしか頼めず、それもお任せので、時に串の種類が偏ったが、角っこが焦げながらレアレアのレバー(には塩が合う)、合間に玉ねぎの挟まったカシラ(にはタレがオツ)など、自分史上最高の焼きとんに数えられる。

 

ところが、次第に老け込んだ息子の仕事が荒れてきた。焦げが多くなったのた。モツの鮮度自体も落ちた気がした。そして、足が遠のくと、息子が先に死んで、店を閉じたと聞いた。もう10年も前に経営が変わり、和酒BARなんぞという洒落せえもんに変わり、それも2年前の横丁の一斉退去とともに閉めた。

 

一舐、普通の味わいのルーの奥には…

 

ああ…。そんな話がしたかったのではない。ただ、今でも界隈を歩くと、あの父ちゃん坊やのブツクサ独り言が木霊して、もうもうの煙に巻かれる錯覚が起きるのだ。そして、無性に飲みたくなる。

 

しかし先日、辺りをうろついたのはちょうど土曜の昼時。駅周辺のビルにはランチ営業する店がなく、ダメ元でガード下を右往左往した。そして、駆け込んだのが「ふくてい 有楽町本店」だった。

 

神田から移転してきた頃は、食べログの点数もあまり高くなく、不当評価と思ったものだ。ところが、周辺の他の激安ランチ店が撤退し、俄然目立つようになったのか、よくテレビでも取り上げられるらしい。

 

結論から言うが、開店当初と味もサービスもなんら変わらない。ただ、正直クオリティはBダッシュの他のトッピング、ハンバーグやカツが報道では切り捨てられ、サーロインステーキ450円=常時200円引きで250円=が燦然と輝いた結果、ほとんどの客がそれをオーダーするようになった。とすれば、満足度も自然と向上するわけだ。

 

現にこちらの柔らかく一切くせがない、半生で赤々としたステーキは、単体でレフェリーストップがかかるまで食べていたい衝動に駆られる。ぶっちゃけ、「いきなり!ステーキ」のランチのメイン、CABワイルドよりはコスパは高いのではないかと、個人的に思う。

 

 

そして、肝心のルーはターメリック多めの昔の家カレーソースで、肉を主役と捉えれば、ちょうど間尺が合う。いや恥ずかしながら、以前は、カレーは飲み物感覚で忙しなく平らげていたので、しっかり肉を味わうこともなかった。

 

片手にステーキソース、片手にウスターソース、福神漬けも脇に盛りつけ、辛みスパイスも適宜振りかける。ライスはどよい歯ざわりに炊いてある。昭和スタンドカレーとしては、上野の「クラウンエース」に比肩するレベルではなかろうか。

 

しかし、思えば「ふくてい」も、神田駅のガード下で1955年から営業していたカレー専門店。それが同駅の改修工事に伴い2011年、現在の場所へと移転してきたのだ。14年4月19日付「有楽町トゥデイ」では、運営元のメトロ商事の部長の談話を紹介している。

 

「価格を下げながら美味しい物を作るには、手間をかけるしかないんです。カレーのスープは6時間か7時間はかけて、トリガラをしっかり煮込むところから始めます。それから、力を入れているのがトッピングです。それだけでもごはんが食べられるようにと、これもすべてキッチンで手作りで作っています」

 

おお…。一舐めだけでは平凡に感じるあのカレーの、奥底から這い上がる旨味には、やはりそんな手間隙秘話があったか! 上掲の記事は実によく書けていて、部長からこんな言葉さえ引き出している。

 

「この近所で働いている方は美味いものを知っているんです。そこが難しいところではありますが、安くてもしっかりとした付加価値をつけ、そこに丁寧な接客があれば支持していただけるんじゃないかと思っています」

 

しかし、これも銀楽のブツクサ親父のお導きだろうか…。付加価値の大切さに高級と大衆の差はない。ぼくたちは食に絶えず、サムシングエルスを求めている。たかがランチとはいえ、一食たりとも疎かにはできないと、こんな再発見からも思うのだった。

 

■ふくてい 有楽町本店
東京都千代田区丸の内3丁目6−7

 

東京B級グルメ散歩

鈴木隆祐(すずき りゅうすけ)

ジャーナリスト
1966年長野県生まれ、東京育ち。法政大学文学部在学中より出版社で雑誌編集を始め、その後フリーの道へ。数々の月刊誌、週刊誌、ムック等の編集や執筆、制作を手がけ、様々な分野を渉猟。教育やビジネスを得意分野とし、『名門高校人脈』(光文社新書)、『全国創業者列伝』(双葉新書)等の著書がある。一方でライフワークである食べ歩きの成果を『東京B級グルメ放浪記』『愛しの街場中華』(光文社知恵の森文庫)、『東京実用食堂』(日本文芸社)、『名門高校 青春グルメ』(辰巳出版)といった著書に結実させてもいる。
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