MLBで技巧派投手が復権の兆し 歴史に残る快投を続けるリュ・ヒョンジン
お股ニキ(@omatacom)の野球批評「今週この一戦」

 

◆グレッグ・マダックスは現代野球で通用するのか?

 

野球選手のフィジカルや基本的スペック上昇の波は止まらず、2019年のMLBは平均球速が現時点で93.7マイル。昨年よりもまた0.1マイル程上昇している。

 

昨季初めて三振数が安打数を上回ったが、今期はそれ以上に三振が増加。また一方で、史上最多を記録した2017年を上回るペースでホームランも量産されている。

 

こうしたパワーとスピードをベースとした現代野球では、まず根本的にフィジカルに優れ、スピードボールを投げられないとなかなか勝負の土俵にすら立てない。

 

1990年代に4年連続サイヤング賞を獲得し、通算355勝をあげた技巧派投手の頂点であるグレッグ・マダックスでも流石に、現代の野球界において平均球速88マイルで活躍するのは難しいだろうと専門家の間でも言われていた。(例えばこういう記事もある)

 

先天的なフィジカルやスピードに優れた投手に後から変化球や技術を教え込む方が容易であるのは、フロントや指導者側からすれば当然だろう。

 

ところが、今季は技巧派投手たちの復権が見られる。以下で具体例をあげていく。

 

◆クレイトン・カーショウとザック・グリンキーの場合

 

かつてはドジャースでダブルエースを張った元サイ・ヤング賞投手の2人も年齢や故障から球速の低下は顕著で、今や90マイル前後程。成績の悪化も避けられないかと思われた。しかし、流石と言うほかない投球術と制球でスピードを補っている。

 

フォーシームと軌道や速度、コースを似せて偽装するボールとスローカーブによる緩急。単純だが、これらの徹底により両者とも安定した成績を残している。

 

カーショウの場合、フォーシームはスピードが落ちたのに対してスラッターは速度を維持しているため、これまでよりカッター気味となり軌道の差が小さくなっている。そこに代名詞のスローカーブを組み合わせる。かつてのような絶対的な支配力はなくなったが、安定的に6~7回2失点程度の投球を繰り返し、圧倒的なチーム力を背景に勝ち星を着実に積み重ねている。

 

カーショウのフォーシーム、スライダー、カーブ

 

フォーシームとスライダー

 

カーブとスライダー

 

グリンキーはチェンジアップのスピードがフォーシームを上回ることすらあり、驚かされる。以前のような98マイルのフォーシームや88マイルのスライダーは影を潜めているが、フォーシームとチェンジアップの軌道偽装に縦のスライダー、そして100キロ程のスローカーブを多用し、緩急を生み出している。

 

グリンキーのフォーシームより速いチェンジアップとの軌道比較

 

フォーシームとスライダー

 

グリンキーのスローカーブ

 

グリンキーのスローカーブその2

 

彼らに共通するのがその制球の良さとフォーシームの質の高さである。スピードは落ちても回転効率や制球が良いため、指標も良い。似た軌道から僅かに落ちる変化球やとてつもなく遅いスローカーブとの相乗効果もあるだろう。投球の基本はフォーシーム、コントロール、緩急。言うまでもないことだが、その重要性や投球術とは何か、かつてのサイ・ヤング賞投手達は教えてくれる。

 

◆ザック・デイビーズとカイル・ヘンドリックスの場合

 

真の技巧派とは彼らのことを指すのだろう。平均球速は88マイル程度。

 

体重68キロとメジャー最軽量投手のザック・デイビーズは拙著「#お股本」でも紹介しようと思ったが、スペースの関係で泣く泣く削らざるを得なかった。球速が遅い分、考え抜いた配球と自慢の制球力を活かし、前半戦は防御率1点台でトップに立っていることもあった。子供の頃から父親と野球のテレビ中継を見ながら、場面ごとに最適な配球は何か考えていたそうだ。そうした積み重ねも結果として現れているのだろう。ツーシームとチェンジアップの軌道偽装を基本線に、カッターとスローカーブを制球よくミックスする。

 

デイビーズのチェンジアップ

 

カブスのヘンドリクスはマダックスの後継者とも言える。

 

ピッチングをスピードボールを投げる投擲競技とみなすか、あるいは制球よく狙ったところに投げるダーツのような競技とみなすか。その後者を極めたのがヘンドリクスといえる。

 

今季は81球での完封を達成し、いわゆる「マダックス」(100球以内で完投することの名称)を記録している。ツーシームとチェンジアップを制球よく投げ分けるスタイルだが、チェンジアップはスライド回転する「カット・チェンジ」と通常のシュート回転のものとを使いわける。ツーシームとチェンジアップの偽装にカッターやスライダーを交えるのは、ある意味では「技巧派の王道スタイル」である。

 

ヘンドリクスのカット・チェンジとチェンジアップ

 

2シームとチェンジアップの軌道偽装

 

◆マイク・マイナーとリュ・ヒョンジンの場合

 

今季は再建に回ると見られていたテキサス・レンジャーズ。ところが、打撃でもかつてのような粗っぽさが消え、投手でもベテランを再生して地区3位と善戦している。

 

その中でも注目が左腕のマイク・マイナーである。

 

真っ直ぐなフォーシームとカッターに加え、カッターと同じ速度で逆に曲がるチェンジアップをツーシームのように活用し、防御率2.54とア・リーグ2位につけてオールスターにも選出された。このように右打者のインコースのフロントドアへチェンジアップを投げる活用法は、アナリストらによる提案ではなく自らの発案なのだという。

 

そして、今季メジャー最高のピッチングを展開しているのがドジャースの韓国人左腕リュ・ヒョンジンである。

 

実は、肩の故障から復帰した昨季からスラット・カーブ理論+まっすぐフォーシームにチェンジアップという、お股の推奨する王道ピッチングで防御率1点台を記録していた。

 

故障のリスクもあることからクオリファイング・オファーを受託してドジャースに残留すると開幕から驚異的な投球を披露。圧倒的な制球力と高精度かつ豊富な変化球に加え、ツーシームまでも操り、ゲームでたとえるなら全方向に変化と緩急をつけられるような状態で防御率1点台を独走。マイク・マイナーの投球スタイルをさらに洗練させたイメージで野茂英雄に次ぐ、アジア人史上2人目となるオールスターの先発を任される見込みだ。

 

リュのフォーシーム、カッターとチェンジアップ

 

リュのフォーシーム、カッター、シンカー、チェンジアップ、カーブ

 

リュのシンカー(ツーシーム)とチェンジアップ

 

リュのカッターとフォーシーム

 

◆BABIPは努力で下げられる?

 

三振や四球、ホームランなど以外の「フィールドに飛んだ打球」がアウトになる確率は以前から.300前後と変化がなく、投手にはコントロールができないとされる。

 

三振が最も確実にアウトをとれる方法であるのは事実だが、その考えばかりが行き過ぎている現状には疑問だ。

 

現代野球は投手の誰もが三振を取る能力を持ち、打者も三振を恐れない、すなわち三振が「過剰供給」される時代である。

 

そうなると三振以外で差をつけるしかなく、そのひとつがフィールドに飛んだ打球をアウトにできる割合(いわゆるBABIP)を良くすることではないか。私はそう考え、拙著「#お股本」でも書いた。

 

アストロズやドジャース、アスレチックスのようなデータを重視するMLBトップクラスの球団の、今季のBABIPは.260~.270前後。ドジャースは数センチ単位、また重心の高さにまでこだわっているという網の目の細かい守備シフトに、技術の高い投手陣が計算通りの打球を打たせ、アウトを増やしているのだろう。

 

本格派のビューラー以外は90マイル程度の速球しかない先発投手陣が制球よくボールを投げ分け、少ない四球でメジャー2位のチーム防御率3.39を記録し、DRSという守備指標でもメジャートップを走る(アストロズも3位につける)。

 

配球面に優れた捕手のラッセル・マーティンをチームに呼び戻し、オースティン・バーンズとともにフレーミングの面でも、制球の良い投手陣を支える。

 

あるいは、フライになった打球も内野フライやポップフライとなれば守備の難易度は低く、確実にアウトが取れる。単純に「フライピッチャー」が悪いのではなく、ホームランになる率を抑えることができれば、ゴロを打たせることと同時に有効となる。

 

HR/FBを低く(メジャートップの約11%)抑えているのがアスレチックスであり、FBR時代にホームランのリスクが高く避けられがちなフライピッチャーを集め、効果的にフライを打たせていると推測される。広い球場を活かしたスタイルだ。ちなみに4月にはマイク・ファイアーズがノーヒッターを達成している。

 

◆狙ったところに打たせる技術は存在する

 

ただ単純にボールをシュート回転させて「動かし」、打球の行方は成り行きに任せるのでは技術レベルはそれほど高くない。運の要素がより多く絡むだろう。

 

しかし、インコースにツーシームを投げ込み、インローにバックフットで落ちるチェンジアップで空振りを狙いつつ軌道を偽装し、フォーシームを軸に左右に逆方向の変化を正確に加える……といった芸当が出来るのなら話は違う。あるいは、ホームランを避けて内野フライやポップフライを増やすことができたのなら。そうなれば「計算通り」打たせて守備シフトの網にかけることにより、BABIPを下げることができるだろう。

 

データ分析や対策の進んだ今では相手チームに自らの傾向を丸裸にされる分、その逆を突き、読ませない「何でも投げられるピッチング」が重要となってきているのだろう。そういう意味では、「ボールの速い変化球投手」の筆頭であるダルビッシュの今後にも期待したい。ドジャース戦のような好投を続けることも、配球次第では十分に実現可能である。日本ではソフトバンクの技巧派投手、大竹耕太郎の今後の成長に期待している。

 

メジャーには豪快なパワーピッチャーだけではなく、考えられないような高い技術を持つ技巧派投手や、「ビジネス的投球」をこなす投手もたくさんいる。それも是非見て楽しんでいただきたい。全盛期のマダックスなら、おそらく現代でも活躍していただろうと個人的には思う。

 

かつて守備シフトを先立って導入し、ツーシームで打たせる戦略が成功したパイレーツが今では取り残されBABIPでワーストを記録しているのも、また皮肉である。

 

今週の用語
スペック上昇→P23
クレイトン・カーショウ→P302
ザック・グリンキー→P114
カイル・ヘンドリックス→P51
BABIP→P212

お股ニキ(@omatacom)の野球批評「今週この一戦」

お股ニキ(@omatacom)(おまたにき)

野球経験は中学の部活動(しかも途中で退部)までだが、様々なデータ分析と膨大な量の試合を観る中で磨き上げた感性を基に、選手のプレーや監督の采配に関してTwitterでコメントし続けたところ、25,000人以上のスポーツ好きにフォローされる人気アカウントとなる。 プロ選手にアドバイスすることもあり、中でもTwitterで知り合ったダルビッシュ有選手に教えた魔球「お股ツーシーム」は多くのスポーツ紙やヤフーニュースなどで取り上げられ、大きな話題となった。初の著書『セイバーメトリクスの落とし穴』がバカ売れ中。大のサッカー好きでもある。
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