夕闇に向け飛んだ、ミネルヴァのフクロウの軌跡【第23回】著:川崎大助
川崎大助『究極の洋楽名盤ROCK100』

戦後文化の中心にあり、ある意味で時代の変革をも導いた米英のロックミュージック。現在我々が享受する文化のほとんどが、その影響下にあるといっても過言ではない。つまり、その代表作を知らずして、現在の文化の深層はわからないのだ。今を生きる我々にとっての基礎教養とも言えるロック名盤を、作家・川崎大助が全く新しい切り口で紹介・解説する。

 

79位
『オートマチック・フォー・ザ・ピープル』R.E.M.(1992年/Warner/米)

Genre: Alternative Rock
Automatic for the People – R.E.M. (1992) Warner, US
(RS 249 / NME 65) 252 + 436 = 688

 

 

Tracks:
M1: Drive, M2: Try Not to Breathe, M3: The Sidewinder Sleeps Tonite, M4: Everybody Hurts, M5: New Orleans Instrumental No. 1, M6: Sweetness Follows, M7: Monty Got a Raw Deal, M8: Ignoreland, M9: Star Me Kitten, M10: Man on the Moon, M11: Nightswimming, M12: Find the River

 

カレッジ・ロック、という言いかたがある。別項でも触れた、アメリカの「カレッジ・ラジオ」局で人気のロック、という意味のほか「大学の門前町」のレコード店やクラブで親しまれているもの、という意味でも使われる。その大学に在学し、カレッジ・ラジオ周辺にたむろしている学生が組んだバンドが、その環境のなかで支持を集めることも、よくある。そんなバンドの典型例として、まず最初に名を挙げるべきなのがR.E.M.だ。ジョージア大学アセンズ校から彼らは巣立っていった。

 

本作は彼らの8枚目のアルバムだ。前作『アウト・オブ・タイム』(91年)および、シングル「ルージング・マイ・レリジョン」が大ヒット、グラミー賞にも多数ノミネートされるほどの、まさに「全国区の」人気を獲得した直後に制作されたのが本作。パワフルでアッパーだった前作(ラッパーのKRSワンまで参加している)とは打って変わって、内省的で静かな曲調のナンバーが並ぶ。テーマは「死」であるとも、終わりなき苦悶であるとも評される本作が、しかし傑出した美しさをも同時にたたえていることは、特筆すべきだろう。

 

素晴らしい効果を発揮したのが、ストリングスの起用だ。元レッド・ツェッペリンのジョン・ポール・ジョーンズがオーケストラ・アレンジを手掛けた4曲(M1、M3、M4、M11)は、スタンダード・ナンバーかと聞きまごうほどの、堂々たる深い余韻があとを引く。まさにカレッジ・ロックを「一段階上」のクラス、大学院レベルまで持っていったかのような、スケールの大きな名演だ。世にヴェルヴェッツ・チルドレン(=ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのファンを公言する後進バンドたち)は多いが、ここまでの高みに達したバンドは少ない。果たして本作は、大いなる好評をもって迎えられ、彼らの新たなる代表作としての地位を獲得した。

 

ところでアセンズとは、ギリシャの都市アテネ(Athens)の英語読みだ。同じくギリシャ起源の「オリンピア(Olympia)」という名のワシントン州の街があるのだが、名前のとおり、やはりそこにも前進的な大学があり、有名な「カレッジ・ラジオ」局もあった。その街のシーンに首を突っ込むところから大きく成長していったのがニルヴァーナのカート・コベインであり、94年に自殺した彼が、死の直前に聴いていたのが本作だったという。

 

次回は78位。乞うご期待!

 

※凡例:
●タイトル表記は、アルバム名、アーティスト名の順。和文の括弧内は、オリジナル盤の発表年、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●アルバムや曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、収録曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
●収録曲一覧は、特記なき場合はすべて、原則的にオリジナル盤の曲目を記載している。

 

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究極の洋楽名盤ROCK100

川崎大助(かわさき・だいすけ)

1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌『ロッキング・オン』にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌『米国音楽』を創刊。執筆のほか、編集やデザ イン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌『インザシティ』に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)がある。

Twitterはこちら@dsk_kawasaki

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