お客の言葉遣いで値段が変わるカフェ
ピックアップ

東方神起のチャンミンさんがインスタで紹介したことでも話題の、韓国で43万部を売り上げる大ベストセラー・エッセイ、イ・ギジュ『言葉の品格』がついに日本で発売になりました。本書の読みどころをピックアップしてお届けします!

 

 

【言為心声】人香 人の香気

 

私はふだん、カフェのホワイトノイズとコーヒーを燃料にして原稿を書くたちだ。原稿を書いていると、知らず知らずのうちにパソコンの向こう側で展開する細かな状況を観察することにもなる。店員とお客とのやりとりが耳に飛び込んでくることもある。

 

数年前の夏、オフィスの近くのこぢんまりとしたカフェを訪れた。四十代初めと見える男性が店員にコーヒーを注文した。店員は丁寧に応対した。

 

「お客様、アイスとホット、どちらになさいますか?」

 

ところが、男性の反応は常識外れだった。いや、非文明的だったと言おうか。男性が吐き出した名詞と動詞、それに付随した助詞と語尾には、他人に向けた敵意と攻撃本能がびっしり刻み込まれていた。

 

「何だ、おまえ。アイスコーヒーに決まってるだろ。こんな暑い日にわざわざ汗をタラタラ流してホットコーヒーを飲むやつなんかいるか? さっさと出せよ」

 

男性が吐き出した子音と母音は、偶然に生まれたものではなさそうだった。それは男性の体と精神の中に閉じ込められたまま長い争いを続けた後に、開いた唇の隙間から監獄を脱出した囚人たちのように感じられた。

 

男性の言葉は一種の優越意識から来るものだ。お客様は神様のように振る舞ってもよいという誤った認識が染みついた、暴言に近い下品な言葉だ。瞬間、店員の表情がゆがんだ。

 

男性がコーヒーを受け取って店を出て行くと、店員は口惜しさと恨みが入り交じったような顔で、「ふう」と息を吐いた。

 

ため息は深く、長かった。コーヒーをなみなみと満たしたようなため息の音とともに、店員の心の片隅がボコッとへこんだように思えた。私までつられてため息が出た。

 

感情が収まらないのか、店員の視線はまだ宙をさまよっている。私は気付かれないように店員の顔をちらりと横目で見ながら、独り突飛な想像を巡らせた。「あの客がもしフランスのあのカフェに行ったなら、コーヒー一杯でいくら払うことになるだろうか」

 

支払いは一万ウォン[約1000円]以上にはなるだろう。コーヒー一杯の値段としてはあまりに高いが、それだけの理由がある。そのカフェでは、態度の悪い客から余計に金をとるからだ。次はカフェに掲げられたメニューを訳したものだ。

 

・コーヒー……7ユーロ[900円]
・コーヒーください……4.25ユーロ[550円]
・こんにちは。コーヒーを一杯ください……1.40ユーロ[180円]

 

少し冷たいようにも思うが、奇抜な価格表ではないか。客が注文で使う言葉の品格を等級に分けて、それに応じた料金が適用されるのだ。

 

朝鮮王朝後期を代表する文人、成大中(ソン・デジュン)[1732~1812。朝鮮通信使の随行員として渡日経験があり、興海郡守として善政を施す]が当時の風俗をまとめた雑録集『青城雑記』にこのような一文がある。「内不足者、其辞煩、心無主者、其辞荒(内、足らざる者は、その辞煩わし。心、主なき者は、その辞荒し)」

 

これは「内面の修養が足りない者は言葉が煩雑で、心に主観がない者は言葉が荒い」という意味に理解できる。

 

言葉と文にはその人の人柄が潜んでいる。何気なく口にした一言に、人の品性が表れる。言葉は品性だ。品性が語り、品性が聞くのである。

 

格と水準を意味する「品」という漢字の構造をよく見ると興味深い。「口」という字が三つ集まってできた字であることがわかる。

 

言葉が積もりに積もって、一人の人間の品性になるという意味だ。人の体臭、つまり人が持つ固有の「人香」は、明らかにその人が使う言葉から漂ってくるものだ。

 

言葉のように極から極を揺れ動くものも珍しい。私の言葉は誰かにとって、花にもなり、逆に槍になることもある。

 

「言葉一つで千両の借りを返す」ということわざがある一方、口が禍のもとになることもある。そうならないために、汚い言葉が心の中から込み上げてきそうになったら口を閉ざすことだ。言葉を殺すか生かすか、慎重に決定することが必要だ。

 

言葉は一人の口から出るが、千人の耳に入る。そしてついには一万人の口へと伝染する。

 

以上、イ・ギジュ『言葉の品格』(光文社)から抜粋、再構成して掲載しました。

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言葉の品格

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イ・ギジュ/米津篤八訳

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