〈あとがきのあとがき〉お化け好き民族・日本人の心を世界に伝えた間(ま)の芸術ーー『怪談』の訳者・南條竹則さんに聞く
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温泉でドッキリ……

 

──南條さんは、ハーンの足跡を辿るみたいなことはされたりとかは?

 

南條 やったことないです。でも松江には行ってみようかと思っています。

 

──松江には小泉八雲記念館がありますね。ハーンの曽孫で館長の小泉凡さんは、怪談ゆかりのスポットを巡る「松江ゴーストツアー」の監修もされているとか。

 

小泉八雲記念館ウェブサイト島根県松江市奥谷町322

 

南條 松江はいい町だから、楽しいだろうな。じつは一度だけ行ったことがあります。ずいぶん前に、同朋舎で『幻想秘湯巡り』という温泉の本を書きましてね。文豪と由縁のある温泉を回ろうということで、松江から温泉津(ゆのつ)温泉を経て山口県のあたりまで旅して、グルッと瀬戸内海に出て帰ってきたんです。

 

──お仕事で温泉といえば、ブラックウッドの『秘書綺譚』は、赤倉温泉で訳出作業をなさったとおっしゃっていましたよね。

 

南條 だいたい温泉で原稿を書くんです。『怪談』のあとがきは瀬見温泉で書きましたかね。どうだったかな。もしかすると微温湯(ぬるゆ)温泉だったかもしれません。

 

──温泉に逗留されて怖い目に遭われたとか、そういう話を聞いたとかはありますか?

 

南條 30年ぐらい行きつけていて、もう廃業しちゃった古い旅館があるんですが、そこは怖かったらしいです。すばらしい大浴場があって、その他に、一人しか入れないような小浴場が4つかたまって客舎の近くにありましてね。全部泉質が違うんですよ。原稿を書いて、疲れて、夜中の1時とか2時に入りに行くんですけど、ときどき他の小浴場から人が入っているような水音がしたり、しわぶきの声みたいのが聞こえたり。

 

──他の逗留客だと思いたい……。

 

南條 みんなとっくに寝静まっているので。変だなと思ったけど、旅館の後ろがすぐ山だから、猿か何かがいるんだろうと思い直して。そこで働いてた年配の仲居さん二人は、「夜中に、お風呂に入りに廊下を歩いていく南條さんの足音を聞くとホッとする」って言ってたの。旅館が廃業してから二人のところに遊びに行ったら、4つの小浴場の一番端で、先代の旦那さんが死んでたって教えてくれました。一人の仲居さんは、「よくあの廊下で旦那を見た」って。で、廊下の角を曲がるときに、プーンとお線香の匂いがしたって。そう言われると、ぼくもお線香の匂いは何度か感じたことがある。

 

 

──それも誰かが蚊取り線香でも焚いていたと思いたい……。

 

南條 いや、お線香の匂いです。温泉成分の匂いだったのかもしれないけど。それから、いわゆる霊感質のお客さんがたまたまその宿に泊まったら、1か月ぐらい湯治の予定が3日で帰っちゃったんですって。とてもいられない。客舎の窓から例の風呂場のほうを見たら、白い手がおいで、おいでをしているからって。

 

──う……。南條さんは、お線香の匂いを感じた以外にも、あれこれ怖い体験をなさっているんですよね。『怪談』のあとがきの話は、お楽しみにしておくためにここでは言いませんが。

 

南條 いえいえ、自分一人だとまずそういうのは感じません。いわゆる霊感質の人と一緒だと、その人に影響されて変なことが起こるというのはありますが。

 

──たとえば、どんな変なことでしょう?

 

南條 ある古い友だち、そいつが祟られやすいみたいでね、毎晩毎晩、金縛りに遭うって言うんですよ。ある晩、その近所にあるぼくの大好きな台湾料理屋で飯を食った後、飲み歩いて帰れなくなって泊めてもらったんです。二間続きで、ぼくを自分のベッドに寝かせて、友だちは隣の間で寝たんですね。そしたら、夜中に、窓をガチャガチャとやる音がする。

 

──もう怖いです。人とかお化けとかに関係なく。

 

南條 しこたま飲んで寝たのに目が覚めちゃって。どうも窓の外に誰かの気配がある。曇りガラスで向こう側は見えないんですけども、何をしているんだろうとジッとそっちを向いていたら、人がいなくなったみたいで。翌朝、その話をしたら、彼が私を窓のところに連れていくわけですよ。そしたらなんと、窓の向こうには、隣の家との廂間(ひあわい)があるだけだったんです。

 

──種明かしのはずが謎が深まるという怪談の王道パターン!

 

南條 その友だちは、金縛りに遭うといちいちぼくに報告するんです。で、ある日、興奮して電話かけてきて、「スペクタキュラーな金縛りだった!」って言うの。寝ている間に、老婆が自分の上に乗っかっていたと。それで、怖いけど夢中で叫んだら、老婆がスッと離れて、天井にペタッと貼りついてニヤッと笑ったって。そんな家は早く引っ越せとぼくは言ったんですよ。でも、これはこれでおもしろいから嫌だって。

 

──巷では、お祓いに行けとかお札を貼れとか言いますが、そういった対策は?

 

南條 じつは、仲間に一人、お札代わりになる人がいましてね。強面の男なんですけど、うちの弟が撮った彼の写真が鬼瓦か鍾馗(しょうき)様みたいに魔除けになりそうだなと思い付きました。それで大きく引き伸ばして何枚か焼き増ししたんです。

 

──いまどきならスマホの待受画面にでもしそうなノリですね。

 

南條 その頃、ある本の翻訳を依頼してきた編集者が、金縛りに遭って大変だって言うから写真を1枚あげたんですよ。そしたら「あれから金縛りが治りました」って。それで、その友人を連れて、例のスペクタキュラーなお化けが出る男のうちにお祓いをしてもらいに行きました。そうしたら、見事に金縛りは止まったんですが、後日談があってね。アパートの隣の家でかわいがっていた犬が死んで、そこの奥さんがちょっとおかしくなって、死んだ犬の首輪を引きずって毎日夕方散歩してたという。どうもその良くない念が、隣へ移ったんじゃないかって……。

 

── いま急に、自分も、むかし住んでいた家でしょっちゅう金縛りにあっていたのを思い出しちゃいました。あと、温泉でも謎の体験をしたことが……。

 

南條 どんな話です ?

 

── 奈良の洞川(どろがわ)温泉で古い旅館に泊まった時の話なんですけど……。

 

 

翻訳には手を入れます(唯一例外アリ)

そうこうするうちに、すっかり日も暮れて……

 

──もはやエアコンで冷えてるのか、怖い話で鳥肌が出てるのかわからなくなったところで、南條さんの最近のお仕事について教えてください。

 

南條 『怪談』に先立ちまして、6月に集英社インターナショナル から『英語とは何か』が出ました。その翌週ぐらいに国書刊行会の『英国怪談珠玉集』が出たんですが、なんかTwitterで評判が良いそうです。

 

──函入りの、すごく美しい本ですよね。ため息が出るほど豪華です。

 

 

南條 ビアズレーの絵がいいでしょ。あれは、ぼくにとってご褒美のつもり。というのは、その前に、チャールズ・ラムの有名な随筆を『完訳・エリア随筆』として全4巻、足かけ10年ぐらいかけて訳して国書から出したんですよ。とにかく翻訳しにくいもので、精根尽き果てる感じでやった。むかしだったら、誰かがほめてくれるとか賞がもらえたかもしれないけど、いまのご時世にはないでしょ。骨折ったのに、それじゃかわいそうだから、むかし出した2冊のアンソロジーに収めた作品と、「幻想文学」誌に寄稿したきり採録されてない短編なんかを選んでまとめて出そうと、国書の編集者が企画してくれたんです。

 

──すべて既訳でまとめられた感じですか?

 

南條 新たに7つの作品を訳し下ろしました。でも既訳が主なので、早く本が出せてうれしいと思っていたら甘かった。なんせ30年前にやった翻訳もあって、さすがにこのままじゃ出せないと直し始めたら、500ページぐらい赤ペンだらけという。結局、重労働になっちゃいました。

 

──過去の〈あとがきのあとがき〉でも、南條さんは、校正でかなり手を入れるとおっしゃっていましたね。

 

南條 翻訳は直すんです。自分の文章は自分の責任で、南條はいかにバカかということを世間に知らしめればいいんですけど、やっぱり他人様の原作のあるものは、なるべくいいものにしなきゃと思う。だから新たに本にするたびに、たいてい少しずつ直します。

 

──例外なく?

 

南條 唯一の例外は、むかし、坂本あおいさんと二人で訳したヘンリー・ジェイムズの『ねじの回転』です。これがもう大変。ジェイムズって嫌な作家でね、“he”が坊やなのか、お化けなのか、わざとわからないように曖昧に書くの。恐怖を盛り上げる効果の一つではあるんですけど。

 

──日本語で読む人たちに、解釈の余地を与えるように訳さなくてはならないわけですね。

 

南條 アメリカ人が読んだっていろいろな解釈があるんだから、どちらにも取れるように曖昧なものは曖昧に、だけど自然に訳したい。そういうことを考えると、本当に神経衰弱になるような作品でした。ジェイムズだけは、どんなことがあっても二度とやらんと、心に決めたんですよ。

 

──そうは言っても増刷されることになったら、手を入れてしまうのでは?

 

南條 それがこの秋、創元推理文庫で増刷することになりまして。編集部から直すかどうか聞かれたけど、坂本さんにお任せするからぼくはいいと言いました。もうあれだけは触りたくないんです。

 

──見ちゃったらきっと直してしまう。

 

南條 うん、だから見ない。そんなことするぐらいなら、隅田川にでも飛び込んで死んだほうがましです!

 

──もし飛び込んだら、化けて出てきてくださいね(笑)。

 

(聞きて:丸山有美、中町俊伸)

 

『怪談』
ラフカディオ・ハーン/南條竹則 訳

光文社古典新訳文庫

光文社古典新訳文庫

Kobunsha Classics
「いま、息をしている言葉で、もういちど古典を」
2006年9月創刊。世界中の古典作品を、気取らず、心の赴くままに、気軽に手にとって楽しんでいただけるように、新訳という光のもとに読者に届けることを使命としています。
光文社古典新訳文庫公式ウェブサイト:http://www.kotensinyaku.jp/
光文社古典新訳文庫公式Twitter:@kotensinyaku
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